半端者のダンス
第26話 フライト

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「お待たせしました」 「全然待ってないですよ。それより急に呼び立ててしまって、すいません」 「いえ、たまにはお出かけもいいですよね」  僕は子頼こよりさんをデートに誘った。航空宇宙博物館というこの場所に。  普通、水族館か動物園がデートの定番だと思う。およそデートとは程遠い場所に来てしまったと、誘った僕も感じている。近くを歩く人もカップルよりはファミリーが多い。初デートの場所に選ぶようなところではない。  だがしかし、なんとなくここが良かったのだ。  デートをしますよ! と気構える必要もなく、ぷらっと立ち寄れる雰囲気がいい。  それに、所謂いわゆるデートスポットよりも人口密度が少なく、休憩も簡単に取れる。オシャレなアーケードを歩けば、それは確かにデートっぽいし恋人感も味わえるだろう。だが、ちょっと休憩する為だけに30分以上も席が空くのを待つのは嫌だった。少しでも彼女にストレスを感じさせたくなかった。 「じゃあ、行きましょうか」  僕は買っておいたチケットを彼女に渡し、ゲートへ向かった。  中は宇宙と銘打つだけあって、宇宙らしいテーマを感じる作りになっていた。暗がりの中に星座が輝いていて、それなりにムードもあり、デートらしさのあるデートを楽しめた。  お昼時になったので、館内の飲食店で昼食を取ることにした。  ご飯を食べて、ジュースを飲んで、他愛もない話で盛り上がった。  店を出て、館内をまたうろつく。  順路の通りに行くと、屋上に出た。  屋上とはいってもそこは隣接する空港を一望するためのもので、高さはそれほどない。地上から10メートル弱と言うところか。  僕たちは何をするでもなく、ベンチに腰掛け、ただぼうっと、飛行機の離着陸を見ていた。 「あ、あの飛行機もうすぐ飛びそうですよ」 「え、どれどれ」 「あ、あの飛行機ご当地キャラが描いてありますよ。可愛い」 「え、どれどれ」  そんな会話に飽きが来ないかと第三者に問われても言い張れる。飽きないと。  なんと言っても子頼さんだ。  彼女と話せるなら、笑顔が見られるなら、それ以上の事はない。  だが、僕は我儘で心が狭い人間だ。  彼女が幸せだと思っていないことを、僕は幸せだと思い込んでいて、しかもその思い込みがこの世で一番正しいと思っている。  傲慢、不遜、何と言われてもいい。  僕は彼女が夢を叶えた姿を見たい。それだけはなんとしてでも成し遂げたい。 「葬儀屋リヒト」 「え」  フェンスに手を掛け向こう側を見ていた彼女が、ベンチに座る僕に振り返り、メガネの奥の瞳を丸くする。 「読ませていただきました」 「え、そんな。なんでですか」 「瓦来かわらいさんにお願いしました。子頼さんが瓦来さんに口止めをしていた事も、全て聞きました」  彼女はばつが悪そうに顔を背け、飛行機を見つめる。 「僕は子頼さんの作品を見て、感動して泣きました。小説を読んで泣いたのは生まれて初めてです。これは世に出すべき作品です」 「それを決めるのは作者である私です」 「いえ、子頼さんに拒否権はありません」  僕の断定的な物言いに、彼女は驚き言葉を返せないようであった。 「いいですか、子頼さん。あの作品を世に出さないというのは、産んだら確実に全てのノーベル賞を受賞し、オリンピックでは全種目で金メダルを取り、内閣総理大臣になる子供を授かったのに、その子供を産まずに産道に蓋をしてその子供が死ぬまで腹に抱えているようなものです」 「変な言い回しはやめてください」 「救世主なんだ。あなたの子供は。世界を救うために宿った命だ。それを親が殺すんじゃあねーよ!」  叫びと共にフェンスの向こうの旅客機が二人の近くを横切る様に飛び立っていく。  彼女の瞳はとても潤んでいて、儚げで、其処には鯉が泳いでいる。 「僕はただ、僕の好きな人が夢を叶える姿を見たいだけなんだ」  豈図あにはからんや。こんなタイミングで好きとか言い出すのか自分は。 「守一しゅいちさん。私だって守一さんの事が好きです。その好きな人と一緒に居たいと思うことが間違いなのですか?」  彼女は頬を赤らめながら、しかし真剣な眼差しで僕を見つめる。僕はそれを見つめ返す。恐らくは悲しい色の瞳で。 「私は、今のCTHPでの仕事だって、毎日働かなければ作品を書き上げられない程不器用です。作家になったからと言って、お金の心配はあります。そしたら今の本職の事務も辞める事は出来ない。そうなったら私は仕事と仕事を行ったり来たりで、守一さんと会えなくなります。守一さんはそうなってもいいんですか!」  彼女のとても丁寧な激昂は、僕の心臓にゆっくりと深々と押し付けるように刺さって行く。二度と止まらぬ流血。さあ、死の始まりだ。ダンスを踊ろう。 「あなたは、僕の行けない所へ行ける」  遠く。ずっと遠く。地平線の果てへと消えゆく飛行機を見送りながら、呟いた。 「もしも作家を辞めたら、半端者の僕があなたを待っています。だからその時は一緒にまたデートをしましょう。でももしあなたがずっと作家で居続けるのなら、僕が夢を叶えてあなたの待つ舞台へ行きます。僕もあなたも待ち人で向かう人です」  彼女の紺色のスカートが風に揺られ、ふわあっと舞う。  秋の風は思いのほか冷たく、昼間の暖かかった日差しを帳消しにしていきながら辺りを包み始める。 「さようなら。子頼さん。今度会った時、僕はあなたに初めましてと言います。そこから二人の続きを始めましょう」

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