半端者のダンス
第06話 中途半端をなめるな

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 テーブルゲームの部屋を通り過ぎてしばらく歩いていくと、僕たち小説家志望の部屋があった。  中に入ると、そこは個別指導ができる塾のような作りになっており、机一つにつきパソコンが一台と左右正面に間仕切りがあった。狭いがこれが僕らのパーソナルスペースということであろう。 「座って」  同期と隣り合うように座って、180度椅子を回転させて先輩の方を見る。  先輩は二人を遮っていた間仕切りを奥に押し込んだ。なるほど引き戸のように出し入れ自在の間仕切りなのか。 「ここが君たちの作業スペース。基本的にこちらのスケジュールに従って、設定作り、プロット立て、本文といった順序で作成していってもらうよ。既存の作品に似ているものやあまりに個性に欠けるものは設定作りの段階でこちらの判断で排除するから、また一から作り直ししてもらうからそのつもりでね」 「はい」  返事は僕のもので、同期はこくこくと頷いて了解の意を示していた。 「そういえばお互いに三人ともが名を名乗ってないね。自分は瓦来かわらい。君は?」 「私は吾忍辺あしのべと言います。よろしくお願いします」 「よろしくお願いします。僕は多楽多たらくたです」 「まあ基本的に、作業に集中していればお互い呼び合うこともない名前なんだろうけれども、仲良くやろうね。あ、後、俺は君たちの作品を見たり、助言をしたりする立場だけど、自分自身も作品を書いているから、作業に集中していて君たちの質問に気付かなかったらごめんね。その時はちょっと時間を置いてから声をかけるようにしてね」  瓦来先輩は吾忍辺さんに具体的な指示を出して、僕を連れて部屋を出た。僕はまだ歌の方の部屋にもいかなくてはいけない。しかしながらどうやって両立するのか。 「多楽多君」 「はい」 「基本的にどっちに重心を置いて働いていくのかは君に任せるよ」  まるで心を見透かしているようだった。 「正直小説も歌も、努力いかんよりも才能に重きが置かれるところがある。最初から音感やリズム感、声量がある人、音域が広い人。どんなに頑張っても一向に成長せずドレミの音階に声を当てられない人もいる。あと、声質が最悪な人はどれだけ頑張ってうまくなっても、耳障りな歌声になってしまうしね。小説もまあ似ているところがあるよ。文章力は磨かれていくものかもしれないが、最初から魅力的な文章を書くことができる人もいるし、自分の事をただ書き連ねているだけなのになぜだか面白い作品になってしまう人もいるしね。ああ、これは太宰治だざいおさむの話ね。好きなんだよね」  ふふふ、と嬉しそうに言う。本当に瓦来さんは太宰治が好きなんだなあと言うのがわかった。 「だから、君の作品がもしもネタ出しの段階で駄作揃いだったらすっぱり切るから」  背筋が凍った。  先輩は、しかしながら笑顔を湛えたままだ。 「その方が君の為だし、会社の為だから。更にひいては俺自身の保身の為にも駄作は駄作というよ。だから良作と俺が判断したら、それは間違いなく自信を持っていいものだから。これから連れて行く歌の部屋の人も同じことを考えていると思うよ。ああ、ちなみにその人の名前は鎌富かまとみって言って、同期にはトミーって呼ばれている。すごく気さくで、誰でも仲良くなっちゃういい人なんだよねえ」  この会社はいい人が多いんだなあ。だいたい会社の先輩と言えば威張り散らしているだけで、面倒事や本来取るべき責任はすべて部下に押し付けている人ばかりだ。うちの会社もしかりだけれども。 「そんないい人な鎌富も、もしも君に才能の芽が全くないと感じたらすぐ言うと思うから。とにかくここの会社の人は嘘を吐かないから、いちいち傷付かないようにね。全部お互いの為だから」  正直相手のダメだと思っているところ、欠点を言えるというのは素晴らしいことだと思う。ましてや個人の夢に関わることならば、相手のアイデンティティを丸ごと傷つけかねない。一般の企業ならばパワーハラスメントとして訴えることを辞さない人もいるだろう。そんなリスクを負いながらも、本人の為、会社の為、自分の為に本当の事を愚直にただ伝えるという行為は、簡単そうでいてなかなかに難しい事なのだ。  本当の事を言うとは言っても、相手を傷つける事を目的にした誹謗中傷ひぼうちゅうしょうとは違う。SNSで息巻いてまくし立てる偽善者とは違うのだ。  やはりここは素晴らしい—— 「なめてんじゃねーぞ!」  会社ではないのか?  物凄い怒声が聞こえたぞ。 「今のはなんでしょう?」 「トミーがキレたみたいだね」  瓦来さんが指さした方向にはトミーこと鎌富さんがおり、顔を真っ赤にして怒髪天を穿っていた。いつの間にか歌の部屋まで歩いてきていたようだ。 「気さくでいい人なんじゃあ」 「ああ、普段はね。でもやはり俺たちは指導する立場だから、優しいばかりではいけないときもあるんだよ」  ああ、なるほど。研修生がふざけていたのか。みんなが真面目に研修を受けているのに。  扉まで近づくと、本来防音設備が整っているはずの部屋の壁がヴィーンヴィーンと震えていた。鎌富さんの声量のでかさを物語っている。  扉の窓越しに怒られている人が見えた。そこには薔薇が一輪立っていた。そう見まがうほど、華やかさの象徴然とした美女がそこに居た。つるんとした栗色の髪は肩の辺りで綺麗に切り揃えられており、その毛先の辺りにはちょうど艶のある肩が見える。オフショルダーの服を着ていた。肩から首の辺りまで通る、筋や鎖骨などのあらゆるでっぱりが、まるでシャンパングラスの持ち手のような繊細さと危うさを持っており、彼女の華奢な体つきはそこからを始点にしたかのようであった。 「中途半端なめてんのかオラ! お前滅茶苦茶アホほど歌上手過ぎじゃねーか! ハイトーンなのに深みのある声質に細かいビブラートが心地よすぎて聴いてるだけで昇天するかと思ったわ! お前みたいなやつが来るところじゃねーんだここは! お前なんかここで指導受けなくてもどっかのコンテストで顔パスならぬ声パスしてさっさとデビューするわ! こんだけの才能を持っててコンテスト受ける勇気がないだとか抜かすんじゃねーよ! 機関銃持った大人が棒切れしか持ってない子供に対してビビってるみたいなもんだろそれ! ビビりすぎなんだよ! 直近で4週間後にコンテストあるから受けに行けよ! そんでさっさとプロデビューしてしまえ! 二度とここに来るんじゃねー! 帰れ帰れ帰れ!」  ああ、なんと甘美な響き。今まで生きてきたうちでこれほど気持ちのいい罵詈雑言があっただろうか。僕も言われたい。才能を全肯定されてみたい。  え? あれ? でもこれ怒られているのか? 内容だけ聞くと完全に褒めていたけれど。  考えていると、美女が泣きながら扉を開けて飛び出してきた。  ぶつかって、目が合う。甘い匂いが鼻腔を触る。 「あ、す、すいません」  美女はそのまま走り去ってしまった。  そして彼女が出てきた部屋に向き直ると、そこには先程怒号を発していた張本人がこちらを見ていた。 「あ、どうも」 「やあ!」  先程の怒りはどこへ行ったのか。鎌富さんはニッカリと笑った。  瓦来さんは僕を引き連れ、部屋へと入った。  自己紹介を終えると僕は他の同期の横に並んだ。僕を含め5人程度の列だった。  瓦来さんが鎌富さんへ僕の引き継ぎを終えると、瓦来さんはどうやらこのまま小説の部屋へ戻るようだった。 「またこっちが終わったらあとで顔出してね」  軽く会釈をして鎌富さんに向き直る。 「えー、じゃあさっきの続きするわよ」  ん? 「多楽多チャンは今来たばかりだから説明するわ」  先程とは語調というか口調が全く違う。 「実はさっきまではみんなに一人一回ずつ歌を唄ってもらっていたの。アカペラじゃあ恥ずかしいだろうからカラオケを使ってよ。あとは多楽多チャンだけだから好きな曲入れてね。うふ。」  いや、あんたトミーじゃなくてカマーだろうどう考えても!  心中で激しく突っ込みながらでも実際そんな突っ込みをしたらさっきの勢いで怒られると思ったので口には出さず、言われるままにタッチパネル式のリモコンをもらった。  僕は一番得意な曲を入れて、緊張をしながらも必死に唄いきった。  正直唄っている最中のカマーいや鎌富さんの眼差しは真剣そのもので、先程のふざけた口調からは想像もつかなかった。  それゆえ僕は少し期待していた。  これほど真剣に聞き入ってくれたのならば、先程の罵詈雑言が再び飛び出すのではないか。瓦来さんが言っていたように、この会社の人は嘘を吐かない。であれば、先の美女に言っていたことも本当の事で、研修期間などなしでさっさとプロデビューできる実力があるということなのだ。自分も言われてみたい。  あなたは才能の塊だと。 「うん! すごくいいんじゃなーい」

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