半端者のダンス
第22話 諦めたはずの夢が向こうから走ってきた

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 ピッシャーン!  一瞬だけ電灯が切れ、外の暗さが部屋を覆い、青白い稲光が部屋の中を駆けた。  一秒数える程もない内に電灯は点き、部屋に明るさが戻る。 「どういうことですか」 「前にも言ったが、彼女はプロットを提出した時からは想像もできない程、文章が変貌していた。それはとても魅力的な文章だった。本文を書きだすと急に日本語が上達する人間がいるが、彼女は群を抜いていた。しかもプロット通り書かない。君はプロット通り最初から最後まで一貫して書き上げ、設定にもストーリーにもブレがないから駄作か良作の判断がつきやすいが、彼女は違った。プロットの時点では2次選考では間違いなく落とされるレベルのものだった。しかし本文はどんどん良い方向へブレて行って、最後にはプロットを一度読んだ俺さえも夢想だにできなかった結末が待っていた。もうこれは確実に1次選考どころか、どの新人賞に応募しても大賞を受賞してしまうだろう。そう思った俺は、すぐさま部長に掛け合い、彼女の作品を読ませた。部長も間違いなく受賞すると言って、俺に謝ってきたよ。面接では見抜けなかったと」 「え、え、ちょっと待って。待ってください」 「なに?」 「いや、これも勝手な勘違いと言うか、彼女は文章が下手くそになってしまったからクビになったと思い込んでいんたんですけど、そうじゃあなくて、このままだと受賞してしまうからクビになったんですか?」 「そうだよ。CTHP名義で大賞を受賞するレベルの作品を送るわけにはいかないだろう。そんなことをしてしまったら、その新人賞だけレベルが異様に上がってしまう。いや、そもそも企業側からしてみたら、何の為にCTHPと契約を結んでいるのかわからない。企業からもクレームがつく上、送る側も混乱してしまう。良い事なしだ。だから、本人に自分の名義で送る様に言ったんだ。ただし賞を取ってプロになったら、新人賞への応募はもう無理だから、この会社を辞めるように、とね」 「それで彼女はここに残ると?」 「そう。初めはもちろん悩んだようだよ。彼女だってそもそもそんなハイレベルな作品を書くつもりでこの会社に入社していない。自分の受賞しない作品が少しでもお金になるならと思って、夢を諦めつつも、諦めた夢でお金を稼ぐためにこの会社に入社したんだ。それなのに、突然諦めたはずの夢が向こうから走ってきたんだ。それは驚くし、悩むだろうよ」  それはそうだ。だが、僕なら、即決だ。この会社を辞めて、大賞を受賞する。 「俺は、いくら悩んだって最後にはこの会社を辞めると思ったからね。君には彼女はクビにしたと言ったんだ。しかし彼女が持ってきた答えは違った」  瓦来さんはデスクの上に置かれた、分厚いA4の紙の束を指した。 「彼女はプライベートの時間を使い、ちょうど1次選考を通りそうな、でもそれでいて2次選考で落ちそうな、絶妙な作品を新しく書き上げ、俺に提出した。これを提出するので、これからもここで働かせてください。と」 「どうして!?」 「俺も当然聞いたよ。だが彼女から繰り出される言葉の数々には舌を巻いた。全てが芯を突いたもので、俺には反論の余地がなかった」  瓦来さんが聞いた話ではこうだ。  まず、今回大賞を受賞するレベルの作品が書き上がったのはたまたま筆が乗ったおかげで、次回からも同じく良質な作品を書ける保証がない事。次に、実際二つ目に書き上げた作品はやはり2次選考止まりの作品であるのが明白である事。それから、この会社を辞めないでおけば給料の保障は半永久的だが、辞めてプロデビューしてしまうと安定した収入が望めず、生活水準が格段に下がる可能性がある事。そして、これらの事を踏まえるとプロになる利点が無いということを考えてしまうくらい自分に対して自信がない人間が、プロになって自分を律してやっていけるとは到底思えないという事。だそうだ。 「しかし、俺にはこの4つの不安材料は大したものじゃあないと思う。確かにリアリストに反論の余地はないけれど、最後に付け足すように、か細い声で言ったあれが、彼女の本音。辞めたくない理由だと思う」  それは、この僕、多楽多守一たらくたしゅいちと同じ職場で働きたい。ただ傍に居たい。だそうだ。  そんな小さな幸せが、自分の子供の頃からの大きな夢を食ってしまったというのか。  僕には理解できなかった。  何せ僕は辞めようと思っていた人間だ。  子頼さんの事は好きだ。一緒に居たい。  けれどもそれと夢を叶える事とは違う。別次元の話だ。  しかしながら、彼女のそんな思いを知ってしまった以上、今ここで辞めるという決断は出来なかった。  そこで瓦来さんから提案があった。 「俺としても君はこの職場に残って欲しい。そして彼女の気持ちもある。ならばどうだろう。君には少し酷な事だが、今回みたいに、自分名義の作品と会社名義の作品をそれぞれ作るというのは。勿論君がプライベートで書いた小説が大賞を受賞する分には何も問題はない。うちの会社と出版社でのコネクションはあるが、それはCTHP作品のみで、君の個人的な作品にケチがつくことはない。そこは安心して送って欲しい。そう、君の夢を追う姿勢は否定しない。ただ今回は勘違いしていたことに対して、俺も腹が立って意地悪な事を言ってしまったというだけだからね。君の気持はよくわかるよ。だが、挫折して今の職を全うしている俺から見たら、君の幸せはこの職場にあると思うよ。君のように勘違いして、ここを去って行った人間もいるけれど。君にはそうなってほしくないんだよ」  恐らくそれは雫間さんの事であろう。 「君は心底中途半端と言う言葉に苛立ちを覚えているようだが、この状態をブレなく維持し続けるという事は、簡単な事じゃあない。それを君は全く意図しないで当たり前みたいに維持しているんだ。これは俺からすれば尋常ならざる才能だと思うよ。狙い過ぎて1次選考で落ちてしまう作品を書いてしまう事は、誰にだってあるはずなのに、君にはそういうブレが無いんだから。部長も言っていたくらいだ。見た瞬間わかったって。この人間には中途半端の素質がある。より多くの人間を救う価値ある仕事ができる人間だって。何度も中途半端と言って申し訳ないが、俺はこの仕事に遣り甲斐を感じているから、中途半端と言う言葉で君を馬鹿にしているわけじゃあないんだ。寧ろ、大げさじゃあなく、一緒にこの国の才能亡き者を救いたいと切に願っているんだ。これは本当の事なんだ。二度と過去の俺みたいな人間を作ってはいけない。俺は、嘘は吐かないよ」  子頼さんの事。  瓦来さんの事。  自分自身の事。  全てを踏まえた上で、俯瞰的客観的視点で考えると、瓦来さんの提案に乗るべきだと思った。  大丈夫。何とかこなしていける自信はある。それに、これはいいチャンスだ。作品をとにもかくにも量産し続けるというのはなかなか根気のいる作業だが、こうして使命感を持ってやれば、辛さも半減する。  それに、僕は瓦来さんにNGを食らったネタがいくつもある。そのネタでもし新人賞を受賞したら、瓦来さんに言ってやるのだ。  僕は中途半端なんかじゃあない。僕の才能を誰も理解できなかっただけだ。と。  そしてこの会社は間違っている。その間違いを僕が気付かせてあげたのだ。と。  更にできる事なら、瓦来さんにもう一度、無駄になってしまってもいいから作品を書いてくれと頼もう。無駄に無駄を重ねて作り上げたゴミの山の頂上から、初めて見える景色に、もしかしたら新しい道があるかもしれない。視界はきっと広いはずだ。  子頼さんの言っていたことが本当なのであれば、僕が受賞してしまえば、彼女もここで働く理由はなくなるのではないか。そうすれば、二人そろってこの会社を辞めて、プロの小説家になるのだ。  まるで夢のよう。  子供染みた夢想妄想。  幸せの方程式と瓦来さんは馬鹿にしていたが、それでもいい。  子頼さんだってここに来たときは僕と同じレベルだったはずだ。それが恐らく僕と関わることで、彼女の中に変化をもたらし、プロでも通用するレベルになったのだ。であれば、僕だって同じ可能性を秘めている。  入社当初、中途半端の才能の持ち主と言われた僕だって、部長にも見抜けなかった才能を開花させることができるって証明するのだ。度肝を抜いてやる。会社を変えてやる。  グシャグシャに折られた傘を引っ提げて会社の外に出ると、雨はもう止んでいた。  しかし近い様で遠い様な頭上の曇天で、ゴロゴロと雷鳴は不気味に鳴り続けていた。  いいさ。降るならば降れ。  鏡のように光る水たまりを避け、ビルのネオンを鈍く反射するアスファルトを全力で駆け抜けて行った。一陣の風の如くに。

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