半端者のダンス
第15話 軋む夜空の下で得た勇気

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 翌日には推敲も終わり、歌の部屋へと行き、鎌富さんの指導の下、練習を重ねた。  帰りには火倉が付いてきたので、子頼さんも誘って三人でご飯を食べに行った。居酒屋に行くと無暗に長居をしてしまうことと、子頼さんの酒が進んでしまうことが懸念事項となった為、その日は牛タン屋に行くことにした。  子頼さんも火倉のハイテンションに少し慣れたのか、合わせて話してくれるようになった。 「多楽多たらくたちゃんもさ、今度のコンテストに出るんでしょ?」 「そうだよ」  子頼こよりさんは初耳といった顔で僕を見る。 「ああ、今度歌のコンテストがあって、それに出るんですよ」 「そうなんですか! 凄いですね。人前で歌えるなんて。私にはとても無理です」 「あー、僕も初めてなんで、歌えるかどうかはわかりませんよ。もしかしたら緊張して全然歌えないかも」 「それでもそこに出るという志が素晴らしいです」 「こよりん大げさー」 「そうですか?」 「多楽多ちゃんも私も、仕事で出るだけなんだから、こころざしとかナイナイ」 「ナイナイは言いすぎだろ。少なくとも火倉は良いところまで行くんじゃあないか」 「ほんとに!?」 「ああ。可愛らしい声で、男受けしそうだし。まあ、僕の好みではないけれど」 「ぎゃー! なんで最後は絶対そうやって落としてくるかなー! 褒めっぱなしでいーじゃん! 褒められて伸びる子だよ」 「自分で言うやつは褒めても伸びないよ。と言うか、ちゃんと前半褒めているんだから自分の都合のいいように受け取ればいいじゃあないか」 「なにそれ! その言い方! ムカツクー! こよりん! 多楽多ちゃんの性格悪すぎ! なんとかしてよー」 「都合悪くなったら子頼さんに助けを求めるなよ」 「守一しゅいちさん、あんまり火倉さんをいじめちゃいけませんよ」  穏やかでありながら、厳しさも入り混じった声で言われて、子頼さんが本気で火倉を庇っていると気付く。 「ごめん。火倉」  なんでこよりんの言うことだけ聞くんだよーという声が返ってくると思ったが、一向に返事がない。  火倉はきょとんとして僕と子頼さんを交互に見ている。 「二人ともいつの間に名前で呼び合うようになったの?」  そう言えば火倉の前で名前で呼び合うのは初めてだった。 「いつからかだよ」 「ってか多楽多ちゃんって、守一って言うんだ。今度からしゅいっつぁんって呼ぶね」 「つぁんってなんだよ」 「嫌なの?」 「逆に嫌じゃあないとなぜお前は思えるのかわからない」 「じゃあタラちゃん」 「しゅいっつぁんでお願いします」  ご飯を食べ終え、いつも通り電車で帰る。 「火倉さんは逞しい人ですね」 「逞しい?」 「この間、火倉さんに分かる様に手を繋いで見せたのに」 「あー、別に火倉はそういう気がないからじゃないですか? ただ仲良くしたいだけだと思いますけど」 「火倉さんは守一さんの事が好きですよ。きっと」 「いやー、あーいう子は誰とでも仲良くなれるだけで、全く僕には興味ないと思いますけどね」 「なら、守一さんは火倉さんに告白されても断れますか?」 「ええ」  僕の即答に、彼女は驚いた様子だった。 「あ、そう言えば、コンテストに出るんですよね」 「ええ。恥ずかしいので見に来ないでくださいね」 「何を言っているんですか! 絶対に見に行きます。絶対に」  詳細をメールで送る約束をして、その日は分かれた。  正直なところ、彼女が観に来るのはあまり望ましくない。というか、知人には観てほしくない。カラオケとはわけが違うのだ。スナックで無理矢理友達に唄わされたこともあるが、複数人に見られながら歌うというのは本当に苦手で、心臓が異常にバクバクしてしまう。それを想像しただけでも、心臓に悪いのだ。  だが、一つ。  ただ、一つ。  これだけは勇気になり得ると思えるものがあった。  彼女は決して僕を笑わないだろう。  声が上ずっても、音を外しても、マイクを落としても。  絶対に笑わない。  それを勇気に唄えばいいか。  そう思ったら、なぜだか少しだけ気が楽になった。  今夜は新月。  空に黒が強く色づく時。  しかしながら今日は星がいつもよりも強く光り輝いていて、キシキシと音を立てていた。

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