次の日の朝。 「よし、健吾。ワナを見に行くぞ!」 「うん」 大輔兄ちゃんと一緒に昨日箱ワナをしかけた山を登った。山を登っている間はワクワクしていて……でも、昨日のおじいちゃんのお話を聞いてしまったぼくは、ワナに何もかかっていないでほしい。そんな、複雑な気持ちだった。 小川のほとり。その箱ワナは昨日置いた時と全く変わらない様子でそこにあった。 「何もかかってない……」 大輔兄ちゃんは拍子抜けした様子だったけれど、僕は少しホッとした。 「まぁ、一日置いといただけじゃ、中々かからんよ。健吾がここにいる間は置いとくべ」 「うん……」 きっと、明日も明後日もかかっていないだろう。ぼくはホッとしていたが、少し残念な気持ちもあった。 青々とした秋晴れの空が広がっていた。 田んぼのあぜ道を歩くぼくの耳に、おじいちゃんがコンバインで黄金色の稲をかりとる音がひびいた。その時、ぼくの目の前に丸々と太ったイナゴが飛び出してきた。 このイナゴも田んぼを荒らす害虫だっておじいちゃんは言ってた。でも、イナゴにとっては生きていくために……卵を産むために必死で食べているだけなんだ。『害虫』なんて言葉は人間が自分勝手に作ったものに思えてならなかった。 ぼくはぼんやりとした気持ちのまま、おじいちゃんの家にもどった。おじいちゃんは稲かり、おばあちゃんは家の前の畑の作業をしていて、お父さんもお母さんもそのお手伝いをしているみたいで、家の中にはだれもいなかった。ぼくは何気なく、庭の柿の木を見た。 すると…… 「アライグマ……」 アライグマが柿の木の上にいた。体の重みで枝をしならせながら、両手で柿の実……さびしくなってしまっていたその木の柿の実を一つ、両手でかかえていたのだ。 ぼくが見ると、そのアライグマは何となくその気配に気付いたのだろうか。実を口にくわえてすばやく木から降り、庭のへいに開いている穴から出ていこうとした。 「待って……」 その言葉が思わずぼくの口から出た。 そんなことを言った理由は自分でも分からない……でも、自分を怖がらないでほしかった。 それでもやはり、アライグマは穴をくぐろうとした。すると、どうだろう。どこに隠れていたのか、アライグマの小さな子供が三匹現れて、その後をついて穴から出て行ったのだ。 「あいつ……」 ぼくはおどろいて、その四匹のアライグマが穴から出て行くのを見ていた。 「お母さんアライグマだったんだ……」 そのアライグマが来る時に車の中で見たのと同じかどうかは分からなかった。 でも……お母さんアライグマが子供を育てるために、必死で食べ物を探していた。そのことが分かって、ぼくの胸がいたくなった。
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