「先生、違法のコアってなんですか?」 隣の席で集中して話を聞いていたサシャが、急に手を上げて質問した。彼女も今日の朝、ニュースを見たのだろう。 「おお、ホープ博士のニュースを見たのかね。では残り時間は、改めて基本的なコアについてのおさらいでもしよう。街の歴史とも大きく関わることだからね」 コール先生は自分の口ひげを一撫でして、スクリーンに専用のペンで「ブルーコア」「レッドコア」と書いて、丸で囲んでから説明を始めた。 ここからは、アルヒも得意な分野だった。 人間が作り出したコアプログラムには、大きく分けて二種類ある。それは、人間のように感情を持つものと、持たざるものの二種類だ。 感情を持たない人工知能を「ブルーコア」と呼ぶ。フュリーを運転しているロボットなどがその代表である。会話もできて、的確な作業や素早い判断ができるが、喜びも悲しみも感じることはない。 一方で、感情を持つ人工知能を「レッドコア」と呼ぶ。そしてレッドコアを持つことができるのは、足に準じた機能を持つ、自分で移動が可能なロボットだけであると定められている。もちろんロビンやクーは、レッドコアを持っているロボットだ。 そうしたロボットに対する人間の考え方は、大きく分けて二つあって、今もそれが大人たちの間で議論になることがある。 一つは、どちらのコアを持っていても、ロボットは常に人間のために存在するべきだという立場だ。もう一つは、レッドコアを持つ感情のあるロボットだけは、ロボットでも人間と同等の権利を持つことができるという立場である。 この街の理念は後者であり、その象徴となっているのがヘブンの存在である。感情を持つ、人間と同じように振る舞うことのできるロボットは、もはや人間と同じ自由を与えられているという考え方だ。だからサシャは、レッドコアを持つロボットの扱いが不当な場合は腹をたてる。 ジョーンズはロボットを下に見ているから、どちらかといえば前者に近い意見だろう。 もしかすると、そう言葉にしないだけで、心の中ではジョーンズのように人間の方が偉いと思っている人もたくさんいるのだろうとアルヒは思う。ただその意見をこの街で大きな声で言うことは、差別的な響きを持って聞こえるということを、みんなもわかっている。 アルヒは先生の話を聞きながら、ぼんやりとクーのことを思い出していた。 人間だけでなく、ロボット側にも意見があるだろう。人間と一緒に暮らしたいロボットと、そうでないロボットがいる。 アルヒが出会ってきたロボットの中で、人間が嫌いなロボットはクーが初めてだった。 昨日、クーに手を差し伸べるサシャの姿を見てから、アルヒは人間とロボットの関係について、深く考えるようになっていた。ロボ工学で勉強するような、技術的な視点ではない角度から。 授業が終わって螺旋階段を降りると、ピロティで掃除をしているクーが、アルヒに気づいて手を振っていた。 「クー、調子はどう?」 昨日、アルヒはロビンに使っている関節用のオイルを、随分傷んでいたクーの体にさしてあげたのだ。 「おかげさまでいい感じでス。前より、かなり楽に歩けまス」 「よかった」 アルヒはクーの満足そうな姿に安堵した。 「アルヒとサシャは優しいでス。こんな人間は出会ったことがありませン」 そう言ってくれたクーに、アルヒはさっきの授業中に考えていた疑問を訊いてみたくなった。 「ねぇ、クーみたいに、人間が嫌いなロボットはどのくらいいるの?」 「山ほどいますヨ。特に裏町の酒場なんかにハ」 「酒場……」 アルヒは、生まれて初めてその言葉を口に出した気がした。言葉の意味は知っていたが、まだ自分の日常からは、ずっと遠い場所にある言葉だと思った。 「興味があるなら、連れて行ってあげますヨ」 「僕でも入れるの?」 「どうでしょうネ。そもそも人間を見かけたことはないですが、大丈夫じゃないですかねェ」
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