アルヒのシンギュラリティ
その街には、太陽と雲がある - 3

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 次の日、アルヒが朝起きてリビングに降りてくると、すでに父は仕事に出かけていたようだった。 「坊っちゃんおはようございます」 「おはよう。……お父さんは?」  アルヒはテーブルの前の椅子に座った。 「急用ができたようで、早朝に出られました。ブラー大臣と、クオリー工場で面会の予定ができたようです。今、坊ちゃんの朝食を出しますね」  ブラー大臣……、とアルヒは呟いた。ブラー大臣はジョーンズの父である。この街の政治の中心人物で、聡明だと評判の人だ。息子はあんな風に傲慢に育ってしまっているが、彼自身はロボットの権利を大切にし、街の人々にも人気がある。メディアに出るときの彼はいつもダブルのスーツを着ていて、ちょっと肥えているのか、服の上からでも丸いお腹が出ているのがわかる。笑顔で手を振る、そんなキャラクターのようなところも、彼の人気の秘密だろう。  しかしアルヒは、息子のジョーンズに嫌な思いをしているせいか、その父であるブラー大臣のことを好きになれずにいた。テレビで見ていても、笑顔の裏に何かを隠しているような気がして、本当に思っていることを話しているのかな、と思うことがある。アルヒはテレビで彼が映るたびに、苦手だなと思っていた。  クオリー社はロボットを含むこの街のインフラを担っているので、政治とも大きな関わりがある。アルヒは自分の父の交友関係や、今している仕事や研究について何も知らなかったが、有名な研究者である父が、ブラー大臣と会うのは不思議なことではないと思った。  父は忙しいのだ。息子のことなど、気にする暇もないほどに。 「あちち。どうぞ、焼きたてですよ」   ロビンはトレーに乗せた朝食をキッチンから運んで来てくれた。今日はチェリーパイを焼いてくれたらしい。アルヒが幼い頃に、ロビンの作るチェリーパイが好きだと言ってから、彼は毎週これを朝食に出すのだ。柔らかい生地の上に甘いチェリーがのっていて、焼きたてのアツアツは絶品である。 「今日のニュースを、今出しますね」  ロビンが言うと、風景の写真が映っていた目の前の画面に、文字のニュースが映し出された。父は動画のニュースよりも文字のニュースを好んだ。多くの情報を素早く得ようと思うと、聞くよりも読むほうが早いらしい。その習慣が、アルヒにも受け継がれている。  ニュースの一面は『ホープ博士、約十年の刑期が終わり出所。違法のコアは見つからず』という記事だった。 「ん、これは誰?」  アルヒはチェリーパイを頬張りながらロビンに尋ねた。 「坊ちゃんが生まれる前の事件でしたから、知らないのも当然ですね。彼は違法のコアの研究をして逮捕されたんです。でも実際にコアは見つからなかったようですね。完成には至らなかったのかもしれません」 「違法のコアってどんなの?」 「わかりません。ですがきっと強力なパワーを秘めているのでしょうね。頭の回転がいいのか、エネルギー効率がいいのか……。人間を傷つけてしまうようなものかもしれません」  ロボットの中に入っている人工知能のことを、コアプログラムと呼ぶ。もちろん、ロビンの体にもそれが入っている。  ずっと昔、人間と人工知能が円滑にコミュニケーションをとるためには、人間と同じ感情をプログラミングすることが有効だと気づいた科学者がいた。さらに、ロボットの姿を人に似せることで、人は愛着を持ち、それがより互いの成長を生むと考えた。  コアが発明され、それを搭載したロボットは、それまでの時代のロボットをすべて過去のものにした。ロボットたちは人間に似た体を自由に操り、人間と同じように振る舞うようになった。  コアこそがロボットの知能の源であり、パワーの源だ。人間でいう脳でもあり、心臓でもある。  コアは定められたロボット法に従って作られているが、違法のコアは、その法律から逸脱したものなのだろう。 「十年前……。お父さんはこの事件のこと知ってたのかな?」 「もちろんです。ホープ博士の悪い研究が発覚した当時、お父様も強く批難していました。しかしホープ博士は、お父様の先生と言えるほどに優秀な方でしたから……」 「え? お父さんはこの博士のことを知っているの?」 「はい、クオリー社で、一緒に研究していた時期もあります」  アルヒはニュースの写真の中で、白髪で聡さの感じられない表情をしているこの博士が、父の先生だとは信じ難かった。

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