アルヒのシンギュラリティ
その街には、神様がいる - 4

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*  裏町を出て、アルヒが家に着く頃には、もう夜も更けて随分遅い時間になっていた。 「ただいまー」  家に帰ると、ロビンが心配そうに玄関まで駆けつけた。 「坊っちゃん、遅くなるときは連絡してくださいと言ったでしょう。ウォッチはつけていますよね?」 「ごめん、連絡するの忘れてた」  「どちらに行かれていたんですか?」  アルヒはさすがに、正直に裏町の酒場に行っていたなんて言えるはずもなかった。 「セ……セントケットの方で遊んでたんだ」 「そうでしたか」  疑う様子もなく、ロビンは安心して力を抜いた。 「ロビンは今日何してたの?」  アルヒは話をそらすように言った。 「私は家の用事が済んだあとは、ロキ様に会いに教会に行ってました。歩いて行きましたが、お天気が良くて気持ちよかったですよ」  サンクラウドにはそれぞれの地区に教会が建てられている。ロボットたちに信仰されている、ロキ様という神様がいるのだ。  科学技術によって作られたロボットが、科学とは対照的な位置にいるはずの神を信仰するのは、おかしなことかもしれない。バカにして笑う人は、今でも実際にいる。しかし人間がそれを必要とするように、感情を持つロボットも、支えとなるものを必要としている。  ロキ様は、ロボットが人間に仕えることで人間を幸せにし、またそれがロボットにも幸福をもたらすという教えを持っている。そして、その通りに暮らせないロボットにも、ヘブンに行くという許しを与えてくれる慈悲深い神様だ。 「お腹空きましたよね? もう遅いですが、これから準備しますよ。少し待っててくださいね」 「ありがとう」  アルヒはご飯を待っている間、部屋に戻って作業に取り掛かった。クオリー工場の侵入ルートを探さなければならない。  アルヒはコンピューターの前に座って、慣れた手つきで画面を操作する。クオリー工場内の端末にハッキングを試みた。機密情報である、工場内のセキュリティー情報が載った地図が必要だった。アルヒは頭をフル回転させ、絡まった紐を解いていくように、セキュリティーを突破していく。  アルヒは見つけた一つのデータを、机の上に立体的な工場として映し出した。目の前の工場に手で触れ、回転させ、扉の向こう側をズームし、中の地形を把握していく。アルヒは集中力を高めて、思考を巡らせる。遠くを見つめるような目をしながら、左目の下の二つのほくろを撫でた。  データによると、工場には目視で侵入者を確認する移動式の監視ロボの他にも、厄介なセンサーがそこら中に張り巡らされている。センサーには人体を感知するものと、人工知能を感知するものの二種類がある。  今回一緒に侵入するクーの頭には、当然人工知能が付いているので、両方のセンサーを騙す必要がある。そのセンサーを騙すには、一時的にそれを無効にできる装置を作らなければいけない。それも、センサーを壊すようなことをしては、異常事態が起こっているとバレてしまうので、そうではない方法を見つけなければならない。さらに、工場内のどこにどちらのセンサーが付いているのかという、さらなる情報もいるのだ。  そのために必要なことは……。 「あれ? 動かない」  映し出されていた工場が、触っても動かなくなってしまった。コンピューターに触れると熱を持っていて、なんの反応もしてくれない。行なっている作業が、大きく負荷のかかる作業ばかりなのだ。いくらこれが性能のいいコンピューターであるとはいえ、さらに細かい情報を得るためには、もっと良い性能のものが必要である。  もっと良いコンピューター……。アルヒは父の顔を思い浮かべた。あの父のことだ、きっと部屋の中にはすごいコンピューターがあるのだろう。頼んで、少しだけ使わせてもらえないだろうか。いや……断られてしまうに決まっているだろう。それどころか、アルヒはこれまで一度も父の部屋に入らせてもらったことがなかった。  その日、ロビンが用意してくれた料理は、フラワーヒルから取り寄せた野菜とスパイスで、時間をかけて煮込んだドライカレーだった。 「今日の夕刊を表示しておきますね」  ロビンがいつものように画面にニュースを表示させた。 「ねぇロビン、どうしてロビンはヘブンに行くことを選ばなかったの?」 「……突然どうしたのですか?」  ロビンはアルヒの言葉に、怪訝そうに首を傾げた。 「いや、ふと思って……。学校で仲良くなったクーっていうお掃除ロボットが、早くヘブンに行きたいって言ってたんだ。十年まであと三年もあるって嘆いてた」 「ロボットもそれぞれですからね。そのために、ロキ様は私たちにヘブンを与えてくださいました。十年のときを人間と過ごしたあとは、私たちは自分の意思で暮らす場所を決めればいいのです」 「ロビンは人間と一緒でいいの?」  アルヒはカレーをスプーンで口に運びながら言った。辛味が遅れて口に広がってくる。 「私は、人間と一緒に暮らせることが嬉しいんです。特に坊っちゃんやお父様や、今は亡きメアリ様に、こんなオンボロを大切に使ってもらえて、心から嬉しく思っています。それに……」  少しだけ言葉を切って、ロビンはアルヒをじっと見つめた。 「私は、坊っちゃんが立派になっていく姿を見ていたいです」  その言葉には、確かなぬくもりが含まれていた。アルヒもそれをわかっている。それでも、早く大人になりたい今のアルヒは、どこか自分がまだ未熟だと言われているような気持ちになっていた。  僕は、今も十分立派なはずなのに。  もしあの工場に侵入し、クーにヘブンを見せてあげるという約束を達成できたなら、きっとロビンも自分のことを認めてくれるのではないか、とアルヒは思ったのだった。  そのためにも、父の部屋のことをロビンに聞いてみることにした。 「ねえロビン。お父さんの部屋に入ったことある?」 「お父様の部屋は、実は私も入ることを許可されていません」  意外な答えだった。 「一度も入ったことがないの?」 「いえ、昔はお掃除のときなどに入らせていただいていました。しかしメアリ様が亡くなられてしばらくした頃、もう何があっても部屋に入らないようにと厳命されました」 「そうなんだ……。じゃあお父さんの部屋にどんなコンピューターがあるかも知らないの?」 「私は知りません。ですがあのお父様のことですから、とても優秀なコンピューターを使っているかもしれないですね」  ロビンはアルヒのコップに水を足しながら言った。  父の部屋の扉にはいつも電子ロックがかけられているので、父にしか開けることはできない。しかし、開けようと思えば電子錠くらい、騙してロックを開けることはそう難しくないだろうとアルヒは企んだ。逆に、それくらいできないで、クオリー工場に忍び込むことなんてできるはずがない。 「一回くらい、部屋の中を見てみたいな。ロビンも気にならない?」 「滅相もありません。坊ちゃん、何をするおつもりですか? もし悪いことを考えているのなら、このロビンも承知しませんよ」 「へへ」  少し説教口調になったロビンの言葉を、アルヒは水を飲んで聞き流した。

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