――数時間前 ロボットたちは力持ちで頭が良くて、思いやりがある。人間と同じように体があり、頭があり、手足もある。それが最初に発明された日、当時の人たちは一体どんな気持ちだったのだろうと思う。それがうまく想像できないのは、もうロボットの存在が当たり前になってしまったからだ。彼らのいない生活など考えられない。そして、この街で当たり前になっているものは、今やロボットだけではない。 アルヒとサシャが通う学校のあるパブリック地区は、サンクラウドの中央に位置している。住宅地区となっている東側のレジナス地区から少し距離があるが、これだけ広く作られた街の中で誰も不自由なく暮らせているのは、フュリーと呼ばれる電気自動車のおかげだった。自動で走る車の運転席には、どれも人工知能を持ったロボットが乗っている。完璧に舗装された道路の上を電気で走る車は、乗客が不快になることがないように、速度や振動が調整されている。どんな場所へも、快適にフレキシブルに移動できる。学校の先生も生徒も、ほとんどの人がフュリーに乗って学校へやってくるのだ。 その日学校では、半年に一度のロボ工学のテストが行われていた。今後の進路にも関わる、大切なテストである。生徒のそれぞれの席の前には、角度を変えられる薄い机があり、その表面が画面になっている。テストのときは、その画面に表示されている設問の下に、直接専用のペンで回答を記入していく。最後に提出と書かれたところにタッチすれば、そのまま回答は提出される。昔は紙を利用してテストを受けていた時代があったらしいが、アルヒたちにとって、それは歴史の中の世界だ。 いつものようにアルヒは、誰よりも早くすべての回答を終わらせた。提出ボタンを押す前に、うんっと背伸びをして、一息ついて教室を見渡した。 教室には、クラスメイトたちが画面の上にペンを走らせる、コツコツという音だけが響いている。前方の白いスクリーンには、時計と終了時間が映し出されていた。残り時間はあと十分あるようだった。 アルヒは右隣の席に座っているサシャに目をやった。サシャはアルヒの幼馴染だ。彼女の家は、自然の素材だけを使って作られたアクセサリーを売る店をしている。家が近いので、昔からよく一緒に遊んでいた。 手を止めて画面に釘付けになっている彼女は、唇を尖らせて、眉が中央に寄ってハの字になっている。真剣に考えているときの、彼女の癖だ。二つの結ばれた三つ編みが、心なしかくたびれて見えた。テストに苦戦しているのだろう。 カタカタ、と前から規則的な音が聞こえてきた。左側の三つ前の席に、後ろ姿でも他の生徒より一回り大きいことがわかるクラスメイトがいる。ジョーンズだ。太い足で貧乏揺すりをしているのだが、机も一緒に揺れて、床と擦れて耳障りな音が鳴っている。 少しすると、教卓の横で椅子に座っている先生もその音に気づいたようだった。クラスの担任の先生である、口髭の生えたコール先生だ。先生は一度顔をしかめてジョーンズの方を見たが、何も注意せず、素知らぬ顔をした。 アルヒはもう時間が迫っていることに気がつき、提出ボタンを押した。採点はその場で人工知能によってなされ、画面に点数が表示される。 [100/100] 満点の数字の上に花丸が表示され、アルヒは小さく胸の前で拳を握りしめた。 いくつもある教科の中でも、もっとも重要とされる科目が、このロボ工学である。ロボットへの深い理解のある者ほど、このサンクラウドの街では尊敬される。アルヒにとって幸運なことに、ロボ工学は自分の興味が最も刺激され、最も得意な教科だった。 座っていたコール先生が、立ち上がってアルヒの画面を覗きにやってきた。 「……血は争えんね。さすがスタン氏の息子だ」 コール先生はアルヒの頭に手をおき、くしゃくしゃと撫でながら、満面の笑みを浮かべた。 「……ありがとうございます」 まだテスト中なので、アルヒは小声で答えた。褒められたことを嬉しく思ったが、父の名前を出されたことに、ささやかな不満を覚えざるを得なかった。 少し前までは、自分の名前と父の名前を並べられるだけで嬉しかった。この街で父の名前を知らない者はいないだろう。 アルヒの父スタンは、現代のロボ工学の第一人者と言える学者だった。いくつもの素晴らしい論文を書き、発明し、人工知能を持つロボットたちの権利の確立に精励した人である。現在のチューブを発明し、フュリーを街中に整備することに貢献したのも、若い頃の父だった。そんな尊敬する父と自分が並べて褒められることは、アルヒにとって喜ばしいことのはずだった。 幼い頃から、その父の息子であるというだけで、周りが自分に一目を置くことを知っていた。天才の息子だと影で噂されることは、何をするにおいてもプレッシャーで、授業参観のときも、クラスメイトの親たちから注がれる視線の鋭さに、アルヒは気づいていた。 そんな環境で育ったアルヒだったが、学年が一つ上がるごとに、自分は簡単に理解できる公式が、周りの友達にとって難問であるということを、子どもながらに理解するようになった。特にロボ工学の学力に関して、どうやら自分は周りより一つも二つも飛び抜けているらしい。 いつかきっと、自分も父のような立派な研究者になるのだろう。そんな自分の才への自覚故、最近ではこうも思っていた。 (お父さんの子どもだからじゃなくて、もっと、僕のことを認めてくれたっていいのに。僕は僕にしかない、才能があるはずなんだ) スクリーンの時計が終了時間を示し、教室にアラームが鳴り響く。 隣でサシャはため息をついてうなだれている。 前の席のジョーンズは、機嫌が悪そうに机を叩いた。今回はみんなにとって、かなり難しいテストだったのかもしれない。
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