アルヒのシンギュラリティ
その街には、太陽と雲がある - 5

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 アルヒは学校に行く準備をしてから、家の下の道路に並んでいるフュリーに乗り込んだ。シートの側に付いているセンサーに、左手の腕時計を近づける。ピッ、という音がして、センサーが緑色に光る。 「学校までお願いします」 「カシコマリマシタ」  運転するロボットが、ハキハキと返事をして、車は滑らかに走り出した。  街に住んでいる人は、みんな何かしらの形で電子IDを持っている。多くの人が、ウォッチと呼ばれる腕時計型の装置を腕に巻いている。その電子IDで、身分を証明したり、買い物をしたり、フュリーに乗ったりすることができる。形のあるお金があった頃、人はそれを盗むために、人を脅したり襲ったりしていたらしい。この街ではそうした犯罪は起こり得ない。  フュリーは大きな道に出て、速度を上げた。窓の外では等間隔にフュリーが並んで走っている。ロボット同士が連携をとっているので、渋滞が起こることもない。チューブに入ればさらにスピードも上がるが、体感ではあまりそれを感じない。  学校に着くと、アルヒは螺旋のエスカレーターをのぼって、教室へと向かった。今日の授業は、サンクラウドの街の歴史を学ぶ授業だった。  コール先生はスクリーンに様々な映像を映しながら解説を始めた。何度も聞いたことのある話でも、映像を見ながら学ぶと、より歴史が身近に感じられる。  スクリーンには、太陽とその周りを回る惑星たちが映し出されていた。地球は数百年ほど前に、突然活動的になった太陽から発せられたフレアの影響で、その広い範囲が砂漠へと変わってしまった。多くの人が亡くなり、人類は滅亡の危機を迎えた。  砂漠が星を覆い尽くさんとしたときに、人々は科学技術を結集して、一つの街を作り始めた。その街では、砂漠になってしまった外部からの影響を可能な限り排除するために、頑丈な壁で街を囲い、街の上空に雨や風を退けるドーム型の見えない空気の層を作った。  教室のスクリーンに、今度は白い柱のような装置が映し出される。セントケットから見下ろしたとき、街中に等間隔で並んでいたあの装置だ。街の中にいくつも立っているこの高い柱のような建物は、ドーム型の空気の層を維持するための装置だ。その機能により雨の降ることのないこの街は、いつしか「サンクラウド」と呼ばれるようになった。そして、この街の中だけで誰も不自由しないように、人々は必要なものをすべてこの街に凝縮した。  今も街の外には砂漠が広がっていて、人が住める環境ではない。  今度はスクリーンに、街の外に広がる歴然たる砂漠の映像が映し出されている。それを見ながらアルヒは、この前セントケットから見下ろした美しいサンクラウドの景色との差に、言葉にできない違和感を覚えていた。不自然なまでに、この街は何もかもが揃っている。この映像を見ると、こうしてサンクラウドで暮らせることが幸せなことだと、誰もが思うだろう。

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