アルヒのシンギュラリティ
その街には、天国がある - 2

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 次の日の放課後、サシャはアルヒとクーと一緒に、作戦会議をする約束をしていた。アルヒがクオリー工場へ侵入する方法を考えてきてくれたらしい。  クーの仕事が終わってから、学校の近くの公園で待ち合わせして、作戦会議が行われた。サシャはクーとベンチに座り、アルヒがその前の地面に座って三角形を作る。アルヒは目の前の地面をキャンパスにして、作戦の説明を始めた。快晴の空の下、光が反射して地面やあたりの木々までキラキラ輝いて見える。 「まず、塔の中に入るには、塔までたどり着かなきゃいけない」  アルヒが大きな長方形の四角を書いて、その上の方に点を打つ。工場の敷地と、塔の位置だ。  「うん。それから?」  サシャはアルヒの説明を聞くのをワクワクしていた。アルヒが何かいい方法を思いついたとき、そしてそれを説明するとき、その目の奥には小さな灯りが灯っているように見える。サシャはそれが好きだった。 「で、塔にはエレベーターがあって、そこ自体にセキュリティーはないみたい。なぜなら、その塔自体はロボットを製造する過程に関わってるものじゃなくて、ただのシンボルだから。だから、とりあえずそこまでたどり着けばほとんど作戦は成功だ」  サシャはクーとベンチに座りながら、一緒のタイミングで頷く。 「セキュリティーは監視ロボ以外に、張り巡らされたセンサーがある。基本的に二種類のセンサーがあって、それを騙すことができたら、侵入できそうなんだ」 「二種類って、何?」 「一つ目が、人間に反応するセンサー。もう一つは、人工知能に反応するセンサー。今回はクーの頭を一緒に連れていくから、その両方のセンサーを妨害する必要がある」 「センサーを妨害するなんて、そんなことができるんですカ?」 「そう、それで早速、そのための装置を作ったんだ。センサーシールドだよ」  アルヒはリュックから二つの小さなパイナップルのような装置を取り出した。一つは青色、もう一つは赤色をしていた。 「青い方が人間用で、赤い方が人工知能用。だけど、長い時間使えるものじゃないから、センサーのあるところを通るときだけオンにして通ろうと思う」 「そんなものが作れるんですねェ」 「当たり前よ。この人が誰の息子だと思ってるのよ」  自分のことじゃないのに、サシャはなぜか誇らしかった。 「どんな経路で侵入する予定ですカ?」  クーの質問に、アルヒは頷いて説明を続けた。 「クオリー工場の周りは、ぐるっと三メートルくらいの塀で囲まれてるんだ。ロープで引っ掛けて登れるけれど、塀の上には人間に反応して警報が鳴るセンサーが仕掛けられている。それが一つ目の関門」  アルヒは長方形の中の点を二重線の四角で囲って、矢印を描き足した。 「塔は四角形の建物の、中庭のようになっているところに立っている。そしてその四角形の建物は、普通はIDがないと入れないけれど、ここに内部へつながる小さな換気ダクトがあるんだ。大人は入れないサイズだけど、子どもの体なら通れるくらいになってる。ここには人工知能センサーが付いているから、赤色のシールドをオンにして、くぐっていく。それが二つ目の関門」 「私はアルヒのリュックに入っているだけでいいんですネ」  アルヒはうん、と言って頷く。 「大人は入れなくても、小さいロボットが入り込めないように、そんなところにセンサーをつけたのかしら?」 「そうだと思う。小柄なロボットもいるから」 「その換気ダクトの先には何があるの?」  アルヒは別の場所に新たな四角を書いて、「縦十メートル」と書き込む。 「その先は少し広い場所につながっていて、垂直に十メートルの壁がある。これが三つ目の関門。そこを乗り越えて降りると、さらに換気ダクトが続いてるけど、もう塔はすぐ目の前だ」 「そんな壁、どうやって乗り越えるの? さすがに十メートルもロープで登れるかしら?」 「空中ブーツで乗り越えるんだ」  サシャにはアルヒが意識をして低い声を出しているようにも思えたが、まだ声変わりする前の彼の声は、少し威厳が足りない。 「無理よ、空中ブーツは一メートル以上は浮かべないのよ。それ以上飛べるなら、エアード・フットボールも成立しないわ」 「だから、改造して作ったんだ」  アルヒはリュックから、二足のブーツを取り出した。子どもが履くにはかなりゴツゴツした見た目になっている。 「嘘! その空中ブーツなら十メートルも浮かべるの?」 「うん。だけど、すごく大きな音がたっちゃうんだ。換気ダクトの中なら、きっと誰にもバレずに済むと思うけど……部屋で試したときは、音に驚いてロビンがすぐに部屋に駆けつけてきた。言い訳するのが大変だったよ」  そんなにうるさいのかな、と思いながら、サシャは改造の結果重々しい見た目になった空中ブーツを手にとった。 「見た目はカッコ悪いわね」 「贅沢言わないでよ」  サシャの素直な感想を一蹴して、アルヒは話を続けた。  「あとは塔をのぼって、ヘブンの写真を撮って帰るだけ。帰りも同じ道で帰る」 「なんかいけそうな気がしてきましタ」  希望に満ちた声でクーが言った。でしょ、とアルヒは微笑む。 「一応、僕の人工知能センサーのシールドの効果がなくなったときのために、僕とサシャの二人とも二種類のシールドを持って行こう。もし僕が持っているものの効果がなくなったら、サシャにクーを渡す。それでいい?」 「わかったわ」  サシャの心は、俄かに膨れ上がった冒険への好奇心でいっぱいになっていた。 「いつ行こう?」 「明日にしましょう。快晴だから、きっとヘブンが見渡せるわ」 「じゃあ私はこのあと教会に行って、成功をお祈りしてきまス」  教会という言葉に、サシャは反応した。 「ねぇせっかくだからみんなで一緒に行きましょうよ。ロキ様に、私たちの作戦の成功をお祈りするのよ」 「ロボットの神様だよ? 僕らも祈るの?」  アルヒは怪訝そうに言った。 「馬鹿ね。神様なんてみんな一緒よ。行くわよ」  サシャはアルヒの手を引いて歩き出す。 「あ、その前に一つだけ言っていいかしら?」 「何?」 「あんた、絶望的に絵が下手ね」  アルヒは地面の上の、四角形で描かれた簡易的なクオリー工場に視線を落として、確かに、と納得した顔をした。アルヒのその表情がなぜだかおかしくて、サシャは思わず笑ってしまった。  近くの教会まで三人は歩いて行った。   サシャは、ロキ様が祀られている教会に入るのは初めてだった。幼い頃から一緒にいるジュジュも、ここに連れて来てくれたことはなかった。アルヒの家のお手伝いロボットであるロビンも、アルヒを教会に連れて来てくれたことはなかったらしい。  外観は歴史の教科書に出てくるような昔の教会と同じで、三角の屋根に、窓は色鮮やかなステンドグラスがはめられている。サンクラウドにあるロキ神を祀る教会は、すべて木造である。この街では、それ以外の建物で木が使われることはない。自然のものはとても貴重なものなので、人間が暮らすためにそれを使うのは良いことではないとされている。  自然が好きなサシャは、ずっと前から教会に入ってみたかったのだ。近くを歩くだけで、なんとなく木の香りがする気がして、安らかな気持ちになれる。大昔の人は、自然を自分たちのために利用し過ぎたから、バチが当たって世界が砂漠になってしまったのかもしれない。  中に入ると、木製の長い椅子が列になって横に並べられている。その一番奥に、ロキ様の像が立っていた。  神様は、人の姿をしていた。腰に布を一枚巻いただけで、どちらかと言えば痩身のその体は少し寒そうに見えて、サシャはリングマントをかけてあげたくなった。  歴史の中で、神様は色んな姿に形を変えてきた。人間が祈りを捧げる神様も、よく人の形をしていたはずだ。ロボットの神様がそうであっても、不思議なことではないのかもしれない。  教会の両端には、羽の生えた馬の生き物の像が並んでいる。ロキ様よりは少し小さめに作られたその像たちは、汚れという言葉さえも知らないほどに真っ白な体をしていた。 「あそこに並んでいる像たちは何?」  サシャは小声でクーに尋ねた。 「あれはペガサスでス。ロキ様は、ヘブンに行きたいと望んだロボットたちを、ペガサスに乗せてヘブンまで届けたと伝えられていまス」  そうなんだ、とアルヒが呟いた。  教会にはすでに椅子に座って、胸に手を当てているロボットたちがいた。  クーも同じように、手前の椅子に腰掛けて、胸に手を当てた。  サシャはアルヒと目を合わせた。教会での決まりなんて、本で読んだくらいの知識しかないので勝手がわからなかったが、クーの真似をして胸に手を当てて、目を閉じた。  科学技術は人の暮らしを助けてきた。その科学技術の結晶でもあるロボットが、神に祈りを捧げている。ジョーンズなんかは笑うかもしれない。  だけど、サシャはこれがとても自然なことのように思っていた。救いは、どんなものにも与えられるべきだと思う。たとえロボットでもそれは同じだ。私は、ジュジュやクーが不自由なく、幸せに暮らしてほしい。  数分の間、サシャはただ胸に手を当てていた。目を開けて顔をあげると、アルヒと目があった。クーはそれからもしばらく、目を閉じて祈りを捧げていた。  三人の祈りが終わり、外に出ると、アルヒはすぐにクーに尋ねた。 「ねぇ、祈っているときは、何を考えていたの?」  クーはその質問にすぐに答えた。 「神様が、私たちロボットを守ってくださるように祈っていましタ」  サシャには、なぜかアルヒがその答えに少し不満そうに見えた。

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