物件
4.物件(香織)

   私は多分人と比べると早熟で性的にも活発だった。  生理が来たのも小学四年の終わりだったし、初めてセックスしたのも中学生三年生の終わりの頃だったし、高校生になってからも何人かの人と付き合ったり付き合ったんだかわからないような関係を結んだりしていた。  高校時代の私は甘ったるい高めの地声を隠そうとせず自然に話していたのだけど、それが何故か媚びた声に聞こえるらしかった。私は本当に普通に話していたつもりなので、そのように聞こえるというのは、とても心外なんだけれど。  だからなのか、私はあまり頭が良さそうに見られなかった。でも、私は中学生の頃は優等生だったので、公立だったけれどそこそこの高校に入学できてはいたのだ。  高校の生徒たちは大抵がミドルクラスとかアッパーミドルと呼ばれるような層の家庭出身で、出身中学では皆大抵が優等生の人たちだった。そして私もその一人だった。  授業中に突然喚き立てたり、殴り合いの喧嘩を始めたり、教師に面と向かって反抗したりすることはなかった。私の中学は比較的「荒れていた」ので、高校の同級生となった彼らのことを見ていると、中学生時代の同級生たちが彼らと同じ年に生まれ、同じ期間義務教育を受けてきたようには思えなかった。  高校には友達と呼んでも差し支えなかった人ははいたけれど、でもずっとべったりするような付き合いはしなかったし、部活も入らなかった。あ、嘘だ。茶道部に籍だけは置いていて、お茶を飲んだりお菓子を食べには行っていた。  特別に仲が悪かったわけではなかったし、同じ高校の人たちに馴染めなかった事ばかりが必ずしも原因ではないのだけれど、私はあまり高校生活そのものにあまり力を入れずに、学校が終わればすぐに校舎を飛び出して、郵便局の臨時のアルバイト、ファーストフードやファミレスやコンビニ、駅前の本屋なんかで三ヶ月から半年くらいのスパンでちょっとずつ働いた。  面接では嘘ついて「生まれて初めてのアルバイトです」なんて言って仕事が続かないっていうようなそぶりは見せないようにして、「シフトも割と自由には入れます」なんて言ったら全部のアルバイトで私は一発で採用となった。  お店としては仕事を覚えたくらいに辞められるので迷惑なやつだっただろうけれども。私は高校生がアルバイトできるところで、実家から通いやすいところはだいたい勤めたんじゃないだろうか。      私はバイトをたくさんしていたけれど、でも、私は稼いだお金ですごく欲しいと思うものはそんなにはなくて、服代とか携帯代は親が援助してくれたし、バイトをしていてもお小遣いもある程度はくれていた。  だから、別にバイト代を使わなくてもそんなに困らないからバイト代の多くを貯金することができた。百万くらい貯められた。  親は子供の私から見ても自由な人たちだったし、ある程度新しいことを十代の頃はいろんなことをやっていくべき(ただし外泊だけはだめ)というスタンスで私と接してくれていた。  高校のバイトの時給で稼いだものなんて後で取り返せるんだから本当は勉強をやってくべきだ。  というちょっとした不満みたいなものを常々言っていたけれど、どうしても教室で話されている色んなことが私にとって確実で大切なものだと思えなかった。  本当に勉強したいことや、やりたいことのために勉強するのでなくて、ただ選択肢を広げるということのみのために受験勉強をただやっていくというのは、私にとって思考停止みたいなものの極みだと思っていた。  その時の私は私の人生の中で硬派な感じで一番尖っていた時期だったかもと思う。ある側面においては。  どのバイト先でも私は一番か二番で年下だった。  出会う人たちはほぼ全員と言っていいほど私より年上だったし、可愛い女子高生という記号はロリコンが多い日本国においてなかなかのブランドであるらしいので、その年上の男たちは私のことをあからさまな褒め言葉で表してきたり、遠回しにチヤホヤしてきた。  女子高生の私とどうにかなりたいという下心のような気持ちが、男によって多寡はあれ少なからずあったのではないかと思う。  自分で言うのもあれだけど、高校生の頃の私は可愛く、そして愛想も良く男好きする女子高生だったのだから。  もしその頃の私がアプリをやっていたら、私は三千いいね!くらいはもらえていただろう。もっとかもしれないけど。  バイト先をコロコロ変えたのも、その男の人たちとの関係性に依るところも大きかった。というか実際問題ほとんどが男きっかけで私はバイトを変えた。  高校生の頃の私は控え目に言っても「ビッチ」のように振舞っていた。  コンビニのシフトに一緒に入ることが多かった大学生の内藤さんと杉田さんは小学生の頃からの親友だったようだけど、私と一晩ずつ寝たことによって、バイトの休み時間にコンビニの駐車場でつかみ合いの喧嘩となり、止めに入ったお客さんを巻き込んで大立ち回りをした挙句に、警察沙汰になった。  当然のことながら二人揃ってバイトを辞めさられて、私もすぐにバイトを辞めた。私はもちろん間髪入れず容赦無く着拒にして連絡は絶った。  ファーストフードでは三十歳のくらい店員の高尾さんとバイトリーダだった二十七歳の山本さんが同棲していて、婚約の約束とかだのなんだのしていたらしいんだけど、高尾さんはやたらと私のことをチラチラ見てきたから、バイト終わりにトイレでフェラチオをしてあげていたことがなぜか山本さんに知られることになって、修羅場みたいな光景に直面してしまうこともあったりした。  こんなことを話すと、私は本当に馬鹿な女だなあと思われるかもしれない。  そんなことをしたら相手から恨みを買って刺されちゃったり、ストーカーみたいなものを引き寄せる結末になる。って言われたりするのも当然だと思う。  でも、別に私はその時あまり深く物事を考えていなかったわけではなかった。今よりももしかしたらその時の私の方がとても冷静に世界を見つめていたのではないか、とさえ、私は思う。  どうしてそんなに男たちは私のことを必要としているのか、が、わからなかったからこそ、彼らの導きに私はそれとなくついて行ったりしたし、私自身からも誘い水をそれとなく彼らの欲しがるようなタイミングで差し出してあげた。  その頃の私は、そういう男たちの心理が言語化はできないけれども、面白いように分かってしまっていたのだ。私のどこかに特別なセンサーがあって、自動的に取るべき行動や言葉が供給されて来るようだった。  私が男たちのスイッチみたいなものをぱちりと切り替えてあげると、男たちは決まって私のことを熱のようなものが混じった視線で見つめるようになった。  さりげなく会話とかバイトの作業の合間に彼らの腕や手を触れながら目を見つめて話したり、ふと屈み込んだときに「かっこいいですね」とか耳元で少し囁いてみたりみたいな、あまりにもベタで、単純な仕草を時折試すだけでよかった。  彼らを刺激したのは多分、私そのものというよりも私が持っていたある特性みたいなものに反応したのだろうと思った。  それを端的に言うとにいうとセックス・アピールであったり、コケティッシュさでもあるんだろうけど。でもそれって私のどこの部分備わっている要素なのだろう? と思う。  私より年上で、大人な彼らが何でそんなに私を欲しがることになるのかということが知りたかった。  私には他の人と違う何かが備わっているのだろうか?   それは私が持っている他の人にはない私の特別で特殊な特徴なんだろうか?  私は男に聞く。「ねえ、どうして香織のことが好きなの?」 「香織ちゃんは可愛いから」「香織ちゃんはエロいよね、なんかすごく」「やりたくなっちゃうんだ、良すぎて」「香織ちゃんと一緒にいると心地いんだ、不思議と」「香織ちゃんはいい匂いがする」「香織ちゃんのスタイルというか体の線をみてると頭おかしくなっちゃんうだよ」みたいな、そんなこと。  褒められたりご機嫌を取られたりするたびに、私はありがとうって、ハートマーク付きで返事を返したけれど、あくまで私にとってハートマークをつけるのとピリオドを打つのと同義でしかなかった。  褒めたり、ご機嫌を取るのは「香織」じゃなくてもいいんじゃないのかなって思っていた。 「香織」が、「リカ」になったって、「ジェニファー」であったって、「花子」であったって、なんだっていい。  それは代わりがきくことなのだ。  じゃあ、彼らがそんなに欲情したり、好きと言われてしまう私って何なのだろう?

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