物件
6.物件(たっくん+カツラくん 2)

   その日、私達は付き合うことになった。  彼は家が汚くて人を上げられる状態にないからということなので、私達はカツラくんの車でラブホテルに移動して泊まることにした。ただ、なぜか行く先行く先で満室が続いていたり、先客が最後の部屋を取ってしまったりしまったばかりみたいなことが続いて、私達は何件もラブホの駐車場を出たり入ったりを繰り返した。 「なんだか、風俗嬢みたいだね、私」 「なんで?」  カツラくんは本当に不思議そうな表情を浮かべて私に尋ねる。 「だってさ、私も風俗とかで働いたことないけれど、デリヘルとかってこうやって女の子がドライバーで色んな所にデリバリーされていくじゃない?」 「あーそうだね」 「うん。私達はホテルにまだ入ってないけど、そういう女の子たちはこうやって色んな所に言われるがままに行ったり来たりしてるのかなあなんて思っちゃった」 「……え、ラブホ泊まるの嫌だった?」  カツラくんがあまりに真面目な顔で聞いてくるものだから、「そうじゃないそうじゃない」と、すこし食い気味に私は彼の言葉を否定した。 「風俗ってやったことないし、こんな話誰にもしたことないんだけど、お金を勿論貰えるのはあると思うし、困っている人が止むに止まれずやることはもちろんあるとは思うけど、風俗をしたいともってやる女の子って一定数いると思うのね、私」 「えーそうかな。俺ならやだな、知らないキモいおっさんとか、薬やってるような、ヤバいやつとも寝たりしないといけないんでしょ? しかもニコニコしながらとか、接客態度みたいなものも気をつけたりしながらとか、ちょっと考えただけで寒気がする」 「うん、もちろんそうだよ、そう思う人はもちろんいると思うし、むしろ、それが大多数だということに異論はないんだよ。でも、そういう人はきっといると思うのね。たぶんそれは自分を軽んじているということでもなくて、もっと別のなにかがあるんだと思うの。私は交換可能で、でもだからこそ、自由でいられるっていうか、そんな気持ちがきっとあるんだって思うの」  そんなことを私が話すとカツラくんは消化不良の川魚のような目をしながら頷き始めたので、私はなんでこんな話をしちゃったんだろうと少し思いながら話題を無理矢理に変えた。 「……他にも場所あるでしょー。埋まっちゃう前に、早く他のところに行こうよ」  次のホテルは拍子抜けするほどに複数の空き部屋があり、私たちは無事に部屋を確保することができた。けれど、カツラくんとのセックスは正直そんなに良いものではなかった。もちろん好きだと思っている男の人なので、精神的な充足はもちろんあったけれど、特別肌が合うというような感じもしなかったし、カツラくん自身がセックスには不慣れのようだった。ペニスは何度も途中で萎れてしまい、私の中に入っているのに何度も萎んでしまった。カツラくんはそのたびに申し訳無さそうな顔をして、何度も謝っていた。  まあそれはそれで可愛かったけれど、正直、退屈だなと私は物足りない気持ちになってしまったのは事実だ。少なくても想像していた彼との初めてのセックスではなかった。  ただ、カツラくんの毎日素振りを欠かさない鍛えられた体は美しかった。私の顔くらいある大きく骨ばった掌にある竹刀だこに舌を這わせたときは私の下腹部が疼くような感じがしたし、彼の肌はとても薄く、浮き出ている血管を指先でなぞると何故か首筋の辺りが熱くなって火照ってくるような感じもした。  事後、カツラくんとバスタブにお湯を入れて、ジェットバスで泡風呂にしながら話をした。  彼の大きな体によりかかるようにして、彼の腕に体をすっぽりと包まれるのは、お湯の温かさもあったけれどもとても満たされるものだった。 「ねえ、カツラくん」  普段こんなことを聞いたりしないんだけど。どうして私はこんなことを聞いたんだろう。 「今まで一番好きだった人ってどんな人?」  カツラくんは、抱きしめてくれていた腕を緩めると、何も答えずにおもむろに立ち上がってタバコに火をつけた。いつもカツラくんは吸っていなかったから、私はすこしびっくりしてしまう。 「好きな人。……好きな人って、どんな人のこと?」 「え? いや、好きだった元カノとか、なんなら片思いで終わっちゃった憧れの人とか」  カツラくんはソファに腰掛けて、三回タバコの煙を吸っては吐いてを繰り返した。  ベットサイドのパネルと、非常灯だけが光っている部屋の中でカツラくんのタバコの火はくっきりと浮かび上がって見える。けれど、カツラくんの表情は伺えない。 「そうだなあ、すごく強い人だったかな。高校の時の部活の先輩で、俺はすごく憧れてたよ。全然気持ちを伝えることはできなかったんだけど、たぶん、本当に一番好きだっていうならあの人だろうな。三人くらい付き合った人はいたんだけど、その人より好きになれなかったよ。失礼な話だけどな」 「そっか、片思いか」 「まあ、そうなるのかな? そうだと思うよ」 「へえー、どんなところが好きだったの?」 「剣道の構えで下段の構えっていうのがあるんだけどね。その人はその構えから相手が打ち込んでくるときに小手を打つのがすごくうまかった。撃ち抜く速度もそうなんだけど、小手を打った後の声とか姿勢とかがあって、残心って言うんだけど。それがほれぼれしちゃうほど、すごかったんだよ」  いつになくカツラくんは嬉々として話すものだから、私は少しモヤっとしてしまう。 「本当に素敵な人だったんだね。告ったの?」 「いや、絶対に無理だなって思ってさ。相手にも恋人いたし、その恋人は俺とはぜんぜん違うタイプの人だったし。……無理だなって思ったんだ」  そう言うと、カツラくんはタバコの火を消した。部屋の暗さが前よりも深くなったように感じた。  カツラくんともう会えなくなるかもしれないという事態がなくなり、そして、久しぶりの彼氏彼女同士のセックスだったということも影響したのだろうか。私の心はとても軽やかになった。  付き合っている人とするのはいいものだ。私は別にしたいからするんだし、体の関係があるから付き合っているっていうような認識をするタイプでは勿論ないけれど、そこには安定性がやっぱりあって、どこかそれは私を楽にしてくれる。  そんなことを私はたっくんに惚気まじりでメッセージを送った。  「マジで?」  「うんマジマジ」  「えーそうなんだあ、よかったじゃん」  「うーん、でもまあ昨日の今日だからね、これからどうなるか分からないよ」  「まあでもある程度の成果は出たということで」  「そうなるのかな?」  「そうそう。それはそう思わないと」  「じゃあ、俺とはもうしないのかな」  「やーまあ、そうだね」  「えーそれはやだなあ」  「うわー正直すぎる」  「別に欲望を隠したってしかたないじゃん。やりたいものはやりたいし。そして、俺たち結構悪くない感じだったでしょ」  「まあ、そうかも。……でもカツラくんのこと裏切りたくないからサー」  「え、なにそのカタカタのサー」  「気分?」  「そうか、異化効果的な手法だ」  「ええ? たっくん頭いいから難しい言葉使われるとわかんないんだけど」  「いや、香織ちゃん俺より歳上なんだから語彙力磨きなよ」  「そんな言葉日常じゃ使わないよ」  「そっか、たしかにそうだ。おれも使わない」  「じゃあ何で言ったし」  「ちょっとした、嫉妬?的な男心の現れ」  「意味分かんない」  「そだな、俺も意味分かんない」  「あ。あの子、ネジの子どうだったの?」  「いやーなかなかガードが固くて。ネジだけに固くしまっている」  「や、それを面白いって思ってるなら、頭いいって言った私の言葉を返して」  「過去は変えられないのだ」  「未来を見て生きていこうよ」  未来? 私の未来ってどんな未来?  結局、私はたっくんと同じようにいつものようにメッセージのやりとりをしていた。  はっきりとした入り口も無ければ出口もない、ゆるく心地の良い言葉の応酬。  別に恋人ができたからって私たちの関係が即座に決定的に変わるような感じじゃないんだ。  今更どうこうするようなことでもない。  私たちの関係はきっと変わらないような気がなんとなくしてしまっている、何故か。

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