物件
1.物件(炭)

   大人になれば何かもう少し色んなことが上手くできるような気がしていた。  子供の頃、本当に小さい子供の頃、世界の真理みたいなものと、私とがどこかで直接深く繋がっているような感覚を無防備に信じることができた幼稚園とかの頃。  親は私よりもう少し何か物事を知っていたように今でも思えてしまうし、もっと強く偉大なものだったというような認識を改めることができないように感じられてしまう。  私はもう三十五歳になってしまった。母が私を産んだのが二十五歳で、父は母の二歳年上なので幼稚園児の私が見ていた両親より私は既に年上になってしまっている。  唖然としてしまう。こんな未熟の塊みたいな私自身が、あの頃の両親より歳をとってしまっているだなんて。現実の出来事のように思えない。  ペテン師みたいな宗教家もどきが、私の耳元で「すべての物事は幻想です」と呟いたとしてもそれを信じてしまうかもしれない。    結婚して家庭に入って、ほどほどにパートなんかをして、ランチをママ友としたりするような生活に憧れていたこともあったはずだったのにこの年齢まで来てしまった。  時間は戻らないし、今が一番若いのだからそのことについては後悔するつもりはない。  ただ、別の可能性があったのかもしれないという選択肢が過去の私にあったということが不思議だ。  そのことを思うと、きょとんとしてしまう。本当にそんなことはあったの?    それくらいに私が三十五歳でいることに実感がない。もちろん見た目はいくぶん若さを失っているように思うのだけれど、私の中身は何にも変わっていないのにとしか思えない。不思議だ。  けれど、私はその不思議さの根本みたいなものを私の中で追求することはなるべくしないことにし、その帰結として、マッチングアプリで知り合った男と話をしている。  三十代後半年収は五百万円代大学卒(おそらく日東駒専)。趣味はテニスとゴルフで黒々と日焼けして髪の毛は短い。私はこっそり彼のことを「炭」とあだ名をつけている。(本名も隅田だ)  「炭」は男子校出身であまり女との交際経験がないと言っていた。それは別に嘘ではないと思う。  私と彼は三回会っているが、彼が指定してくる店はどこかピントがずれていて微妙に私のことを苛立たせる。  ネットで評判だったという店に連れていってもらった時は、予約が取れないということだったので日曜にもかかわらず二十一時に待ち合わせを指定され、ラストオーダーが一時間後という慌ただしい食事を取らなければならなかった。  (それをやんわりと指摘したのに彼は私の指摘について全く気にせず、ネットの口コミの評価がものすごいからという理由で私の指摘を気にもかけないようだった)  その次に選ばれたのは、前回はコスパも悪かったし、あまり話もゆっくりできなかったから、リラックスした雰囲気でざっくばらんにお話しましょうという理由で、背もたれもない座りごごちの悪い椅子ばかりの居酒屋だった。  その日は別にその店が悪いというわけじゃなかったが、三時間も彼の仕事の自慢・苦労話を聞かされた。  学生時代のどこにでもある旅行のエピソードと仕事の苦労話が方向感覚を失った蛇のように絡まりながら繰り返され、三回も同じ話を私は聞かされることになった。  けれど「炭」は比較的安定的な仕事についているし、残業代はしっかりと出る。勤務時間も常識の範囲内であり、転勤もそれほどないようだ。  年齢の割に体型はスマートであるし、顔もそれほど悪くはない。酒に任せて強引にセックスに誘ってくるような下半身を軸に行動する短絡さはない。  また、恋愛経験が豊富ではないが全くないというわけでもない。それは取り立ててマイナス点がないということだ。マイナス点がないと言うだけで今の私にとっての婚活という点においては優良な物件であると私は判断していいとは思っている。  私という「物件」の市場評価が下がっている私の年齢においては巡り会う機会が徐々に減ってくる点においても貴重ではある。そして何より彼は私に好意を抱いているようであるのだ。  「香織さんはとてもお綺麗で、どうして今までご結婚されていないのか、僕にはわからないです」  生中を二杯くらい飲んだだけで、日焼けした顔がすっかり赤らんでしまった「炭」は腕を組みながら大声で笑う。  「炭」の直線的な物言いは彼の心根を表しているように屈託がなく率直であり不躾でもある。  「好きだといってくれた人はもちろんいなくはなかったですし、付き合った人もいましたよ。でも、若い頃の恋愛って生活っていうよりもその場のときめきだったり、お互いのエゴのぶつかり合いだったり、日常の生活とちょっと離れた非日常みたいなものを求めている気がするんです」  炭は私の目をクリクリとした大きな二重で覗き込んで来ながら、さも私の意見が今まで聞いたこともないような新鮮な提案事項のようだと言わんばかりに大きく何度も頷く。  私は目をそらしたくなるような気持ちを抑えつつ、できる限り口角を上げて彼の頷きを承認する。彼が私の考えを受け入れてくれたことに対する感謝を非言語的に表現する。  一般論を並べて、本質的な話を逸らす私が身につけてきたこれらの会話技法は、誰も傷つかず場がなんとなく意味のある会話を共有するという錯覚を抱かせるという点で、様式美すら感じさせると客観的に見てそう思う。 「確かに、そうかもしれませんね。まあ自分はそんなに経験がないですが」 「わはは!」と「炭」は笑う。本当に彼は「わはは!」と明瞭に笑うのだ。  笑い方というのは人それぞれだと私は思う。引き笑いのように笑う人、鼻で笑うような形で少し斜に構えたような形で笑う人、破裂音を多用して耳障りに笑う人。  けれど「炭」の笑いはあくまでわはは! でありそこには裏表がないように思ってしまう。このような形で笑う人を私は他に知らない。  そんなことを思いながら「炭」の顔をぼーっと見つめてしまうと「炭」は「そんなに見つめられると照れてしまいますね、わはは!」と笑う。私はあくまで曖昧に多義的に微笑む。  「炭」が手洗いに立ち上がると、私はすかさずスマホを取り出してチェックする。残念ながら私の「持ち駒」から返事は来ていない。金曜の夜だし、夜の早い時間だから仕方ないかもしれない。  同じ年で、私の彼氏候補一番手のカツラくん。四十代だけれどおそらく一番候補の中では年収が高い不動産営業の萩原さん、年下でお互いに遊び程度でも構わない(唯一マッチングアプリ候補の中で寝ている)たっくん。    これらが現在の私の持ち駒だ。    同時並行で話を進めるのであれば、私のキャパシティでは精一杯なので、他に候補が現れない限りはこの中から継続的に付き合う人間を選ぶことになるだろう。 (たっくんとはなんというかもう少しちょっと違う関係になりつつあるので、実質「おつきあい」候補としては三人であるのだが)  あまり付き合う前の段階を長く引っ張っていても契機を逃してしまう。私自身、一回会っただけでブロックした人もいるし、逆に会ってこちらがありと判断しても、連絡も取れなくなってしまった人もいる。  他の誰かが「お相手」となったのだろう。もしくは私自身が「無し」と判定されたのだろう。うまく婚活をしていくためには容赦無く関係性を切っていかなければならないのだ。  ネットで人と会うのは経験があるので抵抗があったわけではないけれど、こんなにも相手の条件やスペックみたいなものを優先とした出会いはなかった。  だから、はじめは少し罪悪感みたいなものやちょっとした切なさみたいなものが生まれて来たけれど、そのうちそんなことも何も感じなくなっていった。  私の「持ち駒」である彼らにも私の他にも会っている「持ち駒」の女はいると思う。それが当然だと思うし、たっくんに至っては他の女とのやりとりを私に見せて来たり、私自身も他の三人とのやりとりを話したりしている。 「普通」の恋愛ではまずありえないのではないか。しかも私とたっくんは二回ほど寝ている。  婚活と就活は似ているという人がいる。そして言葉も語感も似ているので、日本語というものはやはりさすがだなと私は思う。その名前を最初に言い出した人は誰なのか?   そしてそれがぴったりだと受け入れた集団的意識のようなものも私達が生きている日本という社会には確かにあるんだろう。  他の人と会っている(面談)してるのにも関わらず、あなたが第一志望だと言ったり、行うべき振る舞いや評価されやすいとされる服装などがあったり、活動を行うにあたり傾向と対策を立てて臨むのだが、必ずしも第一志望にたどり着けるというわけでもない。妥協や落とし所みたいなものと和解できる人が次なるステージに進むことができる。(そしてそのステージも幸せが確約されているわけではもちろんない)  私たちは何をしているのだろうか。幸せになろうとしているのだろうか。おそらくそうなのだろう。そうに違いない。私たちは幸せな結婚生活を心の奥底から望んでいる。より良い快適な暮らしを私たちは希求している。  私たちの人生を輝かしいものにするために、私たちはどのようにかして幸せになろうと心に決めて最適な答えを探そうとしている。  私たちはもう誰もが知っている。  はっきりと言葉にできるにせよ、曖昧な感情のどん詰まりに沈殿しているにせよ、誰かが私たちを助けてくれるなんてことはなく、私たちは私たち自身により立ち上がって「幸せ」を獲得していかなければならないのだということを。  「炭」とやりとりをしたのはこの時が最後だった。飲みが終わった後に翌日朝からカツラくんとのドライブがあるので早く帰るために別れた後に電車の中で送ったメッセージには三日経っても既読がつくことなかった。  彼は私に好意があるのでなかっただろうか、私の都合にいつも合わせてくれていたのは私が第一志望ということではなかったのか。「炭」は利用していたマッチングアプリからも退会していた。すなわち彼は婚活から「上がった」のだ。  そして、なんということか。重ね重ね男を見る目が私にはないとつくづく思う。  カツラくんも翌日の待ち合わせ場所に現れることもなく、連絡も取れなかった。わざわざ休日の朝七時に最寄りの駅で待ち合わせしたにもかかわらず。  電話をしてもメッセージを送っても何もリアクションはない、一切ない。乾いた砂地に水を撒き続けている虚ろな目をしたやせ細った村娘のように私は散々である。  私は彼に心配ですというようなメッセージをきっかり三十分ごとに三回送って、電話を三回した後、流石に疲れてしまったので駅前のドトールに入りブレンドコーヒーをオーダーした。  でも、そこで突然湧き上がってきた感情は怒りや悲しみというようなものではなかった。  一番近い感情があるのならばそれは「おかしさ」という感情に似ていた。私は笑いを噛みしめ堪えているような気持ちになり、肩が自然に震えてきた。  つとめて真顔でいるように自分の表情をコントロールしているのに必死で、周囲の客に気取られないようにするのも一苦労だった。  私はどうしてこんなことをしているのだろうか? そんな疑問が間欠泉のように私の脳内から噴き出す時、私は努めて微笑するように心がけている。  困った時こそ笑うべきなのだ。人間というものは、笑うことにより脳みそから何だか特殊な化学物質的なものが出てきて、現実を良い意味でどうでも良いものにしてくれるはずなのだ。    どうしてこんなことをしているの? ふふ。言うまでもないよ。もちろん、幸せになるためでしょ? そう、その通り。そうに決まっている。  私は一人でゆっくりと頷く。少し冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干す。

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慶澤 昆 2020/09/28 14:18

初めまして。まだ一話目しか読んでいませんが面白いです。10年以上前の自分の婚活時代を思い出しました。 続きも読ませていただきます!