物件
5.物件(たっくん+カツラくん)

   翌日の夜にたっくんからメッセージが来た。  どうやら想像以上に素敵な子だったらしくて、たっくんらしからぬ興奮した文面だった。「どうにかして次の展開をと思っているけれど、次の空いている日を聞いてもはぐらかされちゃってるんだよね。どうかなー!」なんてことを書いてある。「二千いいね!を超える人なので、予定を割いてもらうのも大変なのかもねー」と返事をする。  友達も多そうだし、若いし、可愛いし、その頃の女の子は結構無敵で、人生でも有数にモテる時期なのだ。気まぐれでたっくんと会ったのだろうと私はすこし意地悪な想像をしている。  たっくんはアクが強いのが逆にいいところというか、それがたっくんの個性だと思っているので、普通にモテようとして変に取り繕ったりすると彼の魅力がなくなってしまうと私は思う。 「たっくんはその子と付き合いたいの?」 「そうだね、まあ少なくてもやりたい」 「正直すぎかよ」 「ってか、あの子とはたいていの男はやりたいと思うけど。やりたくなかったら不能じゃねって、思うわ?」 「その子のこと、知らんわ」 「知ってるくせにー」 「や、まあプロフは知ってるけど、結局、若くてちょっと可愛い女の子と男はみんなやりたい生き物、男は性欲モンスター」 「いやモンスターは言い過ぎでしょ」 「ちんこが脳みそを動かしているんだよ、グロテスクでしょ?」 「女だって子宮でものを考えるとかいうじゃない」 「いや頭だよ、子宮が物事考えられないでしょ。論理的に物事考えるでしょ私」 「ま、香織ちゃんは頭の回転早いと思うけど、見た目より。男だってそうだよちんこがロジック考えないでしょ」 「女だって子宮が泣いたりしないでしょ」 「いや泣くでしょ、じんわりとさ」 「下ネタ反対ですーエッチなのは良くないですー」 「今更じゃね」 「今更も殊更もサラサラもありません」 「でも香織ちゃんの髪の毛ってサラサラだよね」 「努力していますので」 「お、そうなの」 「そうなのよ、男子が思っている以上に色々やっているのよ」 「はあ勉強になりますね」 「そうでしょういつまでたっても人生は勉強し続けることよ」 「うむ」 「ってか、話変わるんだけど、カツラくんから連絡きたよ!」 「マジで? 何だって?」 「おばあさまが亡くなられて、それで、返信できなかったんだって。どう思う?」 「えーメールぐらい返せるっしょ。いくら何でも」 「だよねえ、しかもその日約束してたからねー」 「なんか他の女とうまくいっちゃって、前の日になんかいいことして行くのがめんどくさくなったとか!」 「たっくんじゃないんだから」 「いや、人間なんてわかんないって!」 「そうかなあ」 「そうだよそうそう」 「でもカツラくんはそんな感じしないんだよなあ」 「香織ちゃんが乙女になってる」 「え、私乙女だよ、たっくん相手だから乙女にならないの」 「えー残念」 「いいじゃん、エッチしてあげたんだから」 「まあ……」  そうだよ、私は、あなたに、くっついてあげたんだよ。  たっくんとのメッセージのやり取りを終えた後、私は料理を作った。  ツナと小松菜の辛子和え、花山椒をしっかりと効かせたスパイシーなインゲンと豚肉の炒め物春雨サラダ、じゃがいもと玉ねぎのお味噌汁。  料理を作るのは好きだ。料理は必ず自分がやったことがそのまますぐに結果として返ってくる。そして手間をかけたからって美味しいとは限らないところも好き。迂回路や交通手段がいくつもあるピクニックみたいなものと私は思う。  頭の中である食材とある食材を組み合わせて、調理方法を選んで、組み立てて行くと必ず何かの形が出来上がる。やればやるほど頭の中であらかじめ描いていた設計図みたいなものに近づいて行くような気がする。  カツラくんもとても料理が上手らしくて、マッチングアプリでも彼は自分の料理の写真をよくアップしていた。  料理をするという男はパスタとか、カレーとかチャーハンとか塊り肉みたいなものを調理する一点豪華主義になってしまいがちだ。  だから、そういう単品料理男子についてはお世辞でしかすごいですねーとかしか言わない。  だけど、カツラくんは細々と小さな副菜もちゃんと作っていて、そしていい感じで手を抜くすべを覚えているところが丁寧な生活を送っていることの証明みたいで、私はとても好感を持ったし、心からすごいですねーと感嘆したのだった。  カツラくんは白和えとか、きんぴらとか、切り干し大根の煮付けとかを作り置いていたり、卵焼きとかもちゃんと焼いたりしているらしい。  なかなかそんな料理を日常的に作るなんて、独身の男性で料理を仕事にしているわけじゃないのに実行している人は少ないよなあと思った。かなりレベルの高い家庭料理のお惣菜を日々の暮らしの一部に組み込めているのだ。それも無理をしたりせずに自然体で。それは特技といっても差し支えないんじゃないかと私は思う。  私は婚活のために料理教室に通ったりして女子力あげてます(はーと)なんていう女の子が嫌いだった。料理ってそういうステータスアップのための道具じゃない。飾りじゃない。料理って自分自身の体そのものを作っていく行為というか儀式でもあるんだ。だから自然に料理を作る行為について大切にしているというようなことを共有できるような人がいればいいなあなんてことを思っていたのだった。  カツラくんは筋肉質だ。そしてとても姿勢が良い。  今は特別鍛えているわけでもないけれど余分な肉があまりついておらず、痩せぎすというわけでもない。だけど、特に腕の筋肉はしっかりと詰まっていて、すらっとした見た目なのにとても握力が強い。一度、握手してもらった時に思いきり握ってもらったら、何回も「おれ、結構握力あるから痛いよ?大丈夫?」 と断った後にぎゅっと私の右手を握った。私はしばらく感触が分からなくなってしまうほどに彼の握力は強かった。  カツラくんは体の芯に一本の太い直線が引かれているような印象を与える立ち姿をしていて、私を待っている立ち姿に私は少し見とれてしまったほどだった。とてもきれいだった。  待ち合わせをする前から、「駅で多分一番姿勢がいいのが、自分です」と言っていたカツラくんの立ち姿は確かに姿勢だけでも他の人と彼を区別する十分な特徴になっているように私には思えた。  立ち姿がその人自身の特性みたいなものを表すこともあるんだなということを私は初めて知った。  中高生のころは剣道をずっとやっていて、県大会でベスト8にもなったらしく、カツラくんの左手にはまだしっかりと硬いタコみたいなものがあった。競技から離れてしまうとそういうものはなくなってしまうのだろうと普通は思うのだけれど。  私は初めて会った時、その左手のタコを撫でさせてもらって少し興奮してしまった。  タコみたいなちょっとした体の歪さはその人が過ごしてきた時間を表しているようで、私は好きだ。例えば肉体労働者の擦過傷の跡とか、料理人の火傷の跡とかそんなもの。  そんなことをカツラくんに伝えると、カツラくんは顔全体がくしゃっとするくらいに笑い皺を作って笑ってくれた。「未だに毎日のように、別に試合に出たりもしないのに素振りだけはしちゃうんだよね」  カツラくんの歯並びはとても綺麗だった。  カツラくんはコーヒーがとても好きなので、私たちはカツラくんがお気に入りだという喫茶店でランチを食べながら初めて話をした。  お互いの子供の頃の話、好きな映画や本の話、初恋の話、好きな人のタイプ、ありきたりなことを通り一遍話しているだけなのに私はとてもそれが心地よく、のびのびとするような気持ちになれた。  カツラくんの雰囲気や声のトーン話題の運び方はとても私にとって好ましく思えた。  婚活する中で、そういう仄かな可愛らしい気持ちで出会えた人はいなかった。だから、できればカツラくんともっと仲良くなりたいと私は素朴に思ったのだ。  やっぱり、私はやっぱりカツラくんともう一度会って、ちゃんと話そうと思った。  きっと彼のことを私の中にある何かが求めているようなそんな気がする。ちゃんと顔をみて話そうと思った。  カツラくんは、拍子抜けるほど何事もなかったかのように待ち合わせ場所にやってきた。  手土産とばかりにロクシタンのハンドクリームをカツラくんは私に差し出した。  その差し出し方は脈絡もなければ言葉も添えられていない唐突なものだった。  だから普段はもう敬語とかで話してなかったのに、「お気遣いありがとうございます」なんて私がつい言ってしまったから、私たちは顔を見合わせて少し笑ってしまった。  カツラくんはじっと私の目を見て、おばあちゃんが亡くなったんだ、と言った。  できればひ孫、そうでなくてもパートナーとして、できる限り長い間一緒にいようと思える人と挨拶に行ければよかったのにと思っていた、と言った。  カツラくんの家系は早婚なので、だいたい二十代にはみんな子どもがいるらしい。正月などで親戚に会っても肩身が狭く、居心地が悪かったんだと、カツラくんは苦笑する。 「でも連絡くらいはできたじゃない?」 「それは本当にごめん」  私が少し語気を強めていうと、カツラくんは本当に綺麗な角度でお辞儀した。  その所作があまりにも滑らかで自然だったので、私は自分が一瞬何に怒っていたり憤慨していたのか忘れてしまった。  感情の流れが本当に淀みなく落ち着いたあるべきところに収まったような感じがした。  それは私が不安に思ったこと、楽しみにしていた予定が無くなってしまった手持ち無沙汰感。諸々の負の感情がノイズのように感じられてしまうほどだった。  こんな立ち姿があるんだなあと私はカツラくんに惚れ惚れとしてしまい、細かいことはまあいいかと私は思ってしまった。  私は相手のマイナスなところを知ってしまうとそれがずっと尾を引いてしまうタイプなのに。こんなことははじめてのことだ。  カツラくんはしばらく私の目をじっと見て、そして少しだけ笑う。  私も少し笑って、何か返事をしようとしている。でも次の言葉がうまく出てこない。でもその言葉はそんなに悪いものじゃないと私は思った。

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