物件
3.物件(カツラくん)

   たっくんと別れて彼のマンションから出た後に私はランチを取ろうと、口コミサイトを開いた。  たっくんはランチには付き合ってくれなかった。技術の勉強をしてジムで少し運動してからデートに向かうとのことだったから。  イタリアン、カレー、タイ料理、和風居酒屋のランチ、トンカツ、ラーメン、そば、うどん。  色々なジャンルの料理たちが分類されていて、点数が口コミサイトにはつけられている。  上位から順に近場の店を色々みてみるんだけれど、どれもこれもあんまりピンとこないからモスバーガーにすることにした。  私は食べることがとても好きだ。というか三大欲求を満たせるものは基本的に好きだ。これに関しては屈託がなくてその欲望に忠実なところは私の美徳だと思う。  プロフィールにそういうことを書くと(あ、性欲については書いていないけど)、男性はそのことを褒めてくれる。  多分それは会話の糸口を探すきっかけにしか過ぎないんだろうとは思っているんだけれど。  食べることは好きだからこそ、そもそもが優柔不断の私は店選びに迷ってしまって一人だと結局チェーン店にしてしまうことが多い。  私は野菜バーガーのセットと、アイスティーを頼んだ。  これはいつもと同じものだ。妙に私はこういう時だけ保守的になってしまう。  優柔不断なのだけれどチェーン店のメニューを選ぶことに迷いたくないので、いつも行くチェーン店ではいつも同じメニューを注文することに決めている。  マッチングアプリの新規の「いいね」は四件来ていた。  五十代バツイチ、なし、ありえない。  三十歳なのに若ハゲっぽい、なし。  トラック運転手で年収は八百万くらい。運転手でそれくらい稼いでるのはすごいと思うけど、頭悪そうなので、なし。 (スロットの万枚出した写真とかがプロフ写真に貼ってあったり、年間百万くらい勝ってるとか自慢されていても困る)  そして、残りの一人が少し気になったので私は「いいね」をした。  同じ年、おそらく年収は四百万前半(プロフにそういうことを匂わせるように書いていてちょっと低いけどまあ仕方ないし、逆に噓っぽくない)、顔は童顔で二十代に見えなくもないしかっこいいと思う。 (だが奇跡的な写真写りかも知れないのであまり信用しない)。  趣味はスポーツ観戦とフットサル。普通。うーん。まあ他の三人がよくなかったから相対的によく見えちゃったのかなあ。いいねしたの失敗だったかも。ちょっとメッセージのやり取りをしてつまんなそうだったら放流するかなあ……。  なんてことを考えながらスマホを見ていると、萩原さんから連絡からメッセージが入った。  どうやらゴルフコンペに行っていたらしくて、そのゴルフ場の写真を送って(自慢して)くれた。  けれども私は単純に正直に青空と緑のコントラストがとても綺麗でいいなあーと思った。高価そうなゴルフ場だ。  写真からも芝生がぴっちりと神経質に思えるくらいに刈り揃えられていているのがわかるし、バンカーの砂地がプライベートビーチみたいにサラサラしているみたい。  私はゴルフしたことないからよくわからないけれど、一見さんお断りのゴルフ場なんてものがこの世界にはあるらしい。  いつか連れて行ってあげるよとかなんとか言っていたけれど、私は別にゴルフなんかしたくないのでその誘いを断ってしまった。   本当だったら私もカツラくんと渓流下りに行ってたのになあ。カツラくんはどうしてしまったのだろうか。本当に私と一緒にいるつもりはなかったんだろうか。  どちらかというと私よりカツラくんの方が私のことを好きだったんじゃないのかなって思うんだけどな。違ったのかな。  今日もしかしていい感じだったら私はカツラくんと付き合ってもよかったくらいに私はカツラくんのことを気に入っていたのに。  それから二週間ほどずっと仕事が、忙しくなりすぎてしまった。  もしかしたら私たちのクライアントは私たちのことを同じ人間だと思ってはいないのかもしれない。  少なくても奴隷くらいに思っているということは、社内での共通認識として無言のコンセンサスが取れている。  電話は親にかまってもらいたがっている喧しい幼児のようにコール音を鳴らし続け、チャットツールやメールでは逼迫したスケジュールの進捗具合を問う内蔵の鈍痛を覚えるような神経質なやり取りが繰り返される。  管理するのが仕事だと思っているのだろうか?   進捗を問えば成果物が目の前に現れるとでも思っているのだろうか?   どんなに仕事の進め方に不満があろうとも納期は変わらないし、そのゴールに間に合うように手配をしなければならない。  私はデザイナーやライターをなだめすかし、時には褒めたたえながら、クライアントには冗談と懇願が半分くらい混ざっているような謝罪をしたりする。  自分がとてもなめらかなアスファルトで整備された高速道路になっているかのような気持ちで私はどうにかタスクを回していた。  週明けからずっと終電が続き、仕事の曖昧に婚活相手にメッセージを最低限返すくらいで心をできる限り殺すようにして、目の前のタスクをこなして行くことに注力する。  幸か不幸か仕事が忙しくなってしまうと私は雑事について全て頭や意識から抜け落ちてしまう。  目の前の業務があるべき姿に落ち着いていないことに私はひどく不安であったり、苛立ちを覚えてしまう。  プライベートはそんなに正しさみたいなものを追い求めるタイプじゃないのに、仕事では私はそうなってしまう。  心のバランスみたいなものを無自覚にそこで調整しているのかな? なんて考えることもある。  だから、あるべきものをあるべき期間に制作し、あるべき時期に現実と折り合いをつけながら納品する広告のディレクションの仕事は私にとっては比較的合っている仕事だったな。  そんなことを思いながら、納品完了の打ち上げ代わりに一人で缶ビールを飲んでぼおっとしていた夜だった。  カツラくんから謝罪のメールが届いた。  母方の祖母が亡くなってしまってその対応をして、高校から母子家庭でお母さんも一人娘だったから頼れる人もあまりいなかったのと、携帯が壊れてしまっていてパソコンも使えずにどうしようもなかったということが書いてあった。 「本当に待たせたと思うし、しかも連絡も一つもできなくて本当に申し訳なかった、愛想を尽かしても当然だ、だけどよかったらまた会ってくれないかな?」  なんて、書いてあった。  その後にも、よかったら電話ではとかではなくて、ちゃんと会って謝罪したいというような内容も丁寧に書いてあった。  彼が私のことを「無し」と判断したと思っていたので、それは文面通りに受け取ればとても嬉しいことではあったけれど、本当なの? と思ってしまう。  そんなに大変だったとしてもメールで一報くらいはできるのではないだろうか?  いくらなんでも約束していた相手にそんな勝手なことをする人には私には思えなかったから、私は色々と考え込んでしまう。  私はしばらく彼のメッセージを読みながらうーんと唸っていた。別に素直に返事を返してしまってもいいのだ、カツラくんは私に謝りたいと言ってくれているんだし、私はカツラくんのことが好きなのだ。  カツラくんと会えるのはもちろん嫌ではない、むしろ会いたい。  でも私は果たしてこのまま本当に何も言わずに、彼の言葉の通りに従って彼に会ってしまってもいいのだろうか。本当に彼のお婆様にご不幸があったのだろうか。  何回かカツラくんとは会ったし、メールや電話でのやり取りも何回もしているけれど、私が知っているのはそのカツラくんとやり取りしていたり、デートをした何十時間だけでしかない。  カツラくんは確かにぱっと見でも真面目で優しくて穏やかな真っ当な人間に見えるし、実際に一緒に出かけたときの立ち振る舞いや何気なく交わす会話の内容もとても安定しているように感じる。  でも、私たちには共通の知人もいないので、第三者から意見を聞くこともできない。  直感だけで、わずかな時間だけで私は彼のことを良い人だと判断して良いものだろうか、もしかしたら彼は全く別の顔を持っているんじゃないのだろうか?   今までは別に相手がどうだろうが、私自身がいいと思った相手がいい相手だったのだ。  でも、私はあとどれくらい女として、私が望むように誰かから愛してもらえるのだろう?

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません