俯く俺たちに告ぐ
雨のち雨 2

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 その課長は何だか知らないが「俺のラッキーカラーは青だ」などとのたまって、今日のようにネクタイだったりはたまシャツや小物など、いつも一つは青色のものを毎日身に付けている。それがおしゃれだとも言いたげにさりげなく見せびらかしてくるが一切無視だ。四十を超えた年齢の割には太ってはいないが未だ独身なのは、その変にこだわる性格と怒鳴り癖だと俺は思う。加えて、二十代の社員に対して当たり前に「ゆとりはダメだ」と無責任に責めてくる行為も許し難い。  ゆとり世代なのは、その時期に生まれた子ども全員であるし、教育方針を決めたのも自分たちではない。それによって、失敗した例もあるかもしれないが、成功した例もあるだろう。メディアの発言を鵜呑みにして、あたかも全て見てきた風に言ってのける姿勢は、当然賛成出来るものでもなく彼の株を下げるだけだった。そして、俺はさとりだ。 ――山本課長今日も……いやもう青鬼でいい。どうせ心の中だけなんだから誰も俺を悪くは言わない。  青鬼は毎日毎日懲りもせず怒鳴る。血圧急騰して倒れるのではないかという程、怒鳴る。仕事でヘマした時などは仕方がないだろうが、それでも必要以上に責めてくるし、ひどい時は廊下で同期と少し会話をしただけで「サボるな」と肩を叩いてくる。もうパワハラか何かではないか。訴えたら勝てるのではないか、と思う程だ。  同じ部署の同僚も怒鳴られているのを見たことがあるが、俺に対するものはそれより多い気がした。目を付けられているのかいないのか分からないが、いい加減にしてほしい。朝が嫌いになったのも半分以上は青鬼の所為だ。 「何朝からシケた面してんだよ」 「八代やしろさん~~」  ふいに降ってきた言葉に顔をはっと上げると、思っていた通り二年先輩である八代清一さんが苦笑して立っていた。八代さんも慣れた人間には言葉が悪くなることもあるが、そういうのは言い方の問題だ。今言ったように優しい問いかけで言われれば、どんな言葉だって嬉しく聞こえるものである。  八代さんとはこの会社で知り合ったのではなく、もっとずっと前からの先輩だ。高校が同じで委員会が被った時に知り合った。入学時点で顔だけは知っていたが、一瞬だったのでもう会えないと思っていたし、委員会で再会した時は驚いたものだ。  部活も学年も違うのに優しい先輩と知り合えたのは、偶然という名の宝物だと思っている。アドレス交換はしたものの、大学は別々で委員会が同じだっただけの先輩後輩では頻繁に連絡を取り合うわけもなく、年始の挨拶をする程度で一度も会わずに大学を卒業した。  しかし、しかしだ。偶然とは一度しか起きないわけではないらしく、こうして会社の後輩として再会するという奇跡を成し遂げた。  六年振りの八代さんは当然大人になっていて、一瞬他人の空似かと思ったものだがネームプレートを見て本人だと確信した。見知らぬ会社で一人だと思っていたのにこんな良いことが最初から起きるなんて幸先が良いと喜んだものだ。  ところがどうだ。  良かったのはそれきり、きっとそこで数年分の会社運を使い果たしてしまったのだ。慣れない仕事に鬼上司、営業に同期が二人いるものの、一課と二課で別れているため仕事中に話すだけで特別仲良くなれず今に至る。  もう一度言う。俺は大学までは友だちは確実に多かった。今だって電話をすればすぐに何人か集めて飲み会をすることが出来る。  なのにどこでどう間違ってしまったのだろうか。とにかく高校デビューならぬ社会人デビューを失敗したのは確かだった。  窓の外を見れば、隣接する公園に桜の木が目に留まる。都会には珍しく何本も植えられているそれは本当にみごとで、毎年部ごとに花見をしているくらいだが、それも少し前に終わってしまい今は深緑の服を纏っている。一年じっと待ってたった半月ばかりを謳歌して盛大に散る。何ともあっぱれな花だ。だからこそ人を魅了するのであるが、なかなかに真似の出来ない所業だろう。  俺もそれくらいはっきり生きたいと思う。三年目に入ってまだ仕事人生の道を見つけることが出来ていないのは情けない。 「俺、どうしてこうなんですかね」 「何が」  窓の外に視線を向けたまま問えば、当たり前の回答。それはそうだろう、たいした会話もしていないのにいきなりこんな抽象的な相談なんて、成立しているようでしていない女子高生の会話かと自分自身を問いただしたい。この時点で社会人として失格な気がした。 「毎日会社が憂鬱です」 「憂鬱かあ、働くって難しいよな」 「八代さんは何でそんな余裕なんですか。てか彼女もいるし! 俺にも少しは幸せ分けてください!」  興奮してきて大声になってしまった俺を八代さんが笑う。青鬼がいなくてよかった、本当によかった。いたらきっとビンタの一つは覚悟せねばなるまい。

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