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 移り住んで間もない頃は、悪心を抱いた者に利用された不愉快な思い出から人間リオンを避け、遺跡を歩いて一人で時間を過ごしたが、しばらくしたらやはり人恋しさを感じた。  アークが居を構えた当初は、麓の村落は人口も数えられるぐらいしかおらず、非常に貧しい環境だった。  だが、アークが人恋しさを覚えて再び麓に降りた時には、湖の島で鉄の精錬をしており、人間リオンの数もかなり増えていて、活気にあふれる町に成長していた。  そこで時折山から降りて、村人と交流を持った。  こちらから干渉はせず、ある程度の距離を置く事で上手く付き合える事を学び、ささやかな友情のようなものも交わす事が出来たと思った。  だが、ほんの少し時間が開くと、村落の世代交代が二つ三つ進んでいた事がままあった。  人間リオンの里で養父母と暮らしていた頃の時間の感覚は、しばらく一人で過ごしているうちにすっかり失われてしまっていた。  どれほどの好感を抱いていようと、時は無慈悲にその者の寿命を区切っていく。  アークが必死になって手を伸ばしても、彼等はアークを残して去っていく。  まるで薄い玻璃のように脆弱で儚い彼等の存在は、身近に感じれば感じるほど、アークの孤独感がいや増すだけだった。  だが、どうすればいいのか。  一つの転機が訪れたのは、偶然町に降りた時に旅芸人ジョングルール達と出会った時だ。  丈の長いローブを着ていた占い師ソーサラーの肌に、蛇のような鱗がある事に気付き、声を掛けた。  最初は警戒されたが、酒場でエールを奢り「自分は魔力持ちセイズだ」と告げると色々と話をしてくれた。  曰く、この世界には人間リオン以外のヒトガタ種族が多く存在する事。  人間リオンは数が多く、コミュニティも発展しているので、自分達のような獣人族セリアンスロウは生計を立てるために里を出て巡業をしている事。  人間リオンのコミュニティで過ごすために、変幻術ブリンディを使って人間リオンのフリをしている事。  鱗が見えた占い師ソーサラーは、ローブに隠れる事を過信しすぎて変幻術ブリンディを怠っていた事。  自分達は人間リオンに紛れているために彼らを ”頂点に立つ者リオン” と呼ぶが、仲間内では ”数の多い者フォルク” と呼んでいる事。  詩人バードが詠う英雄譚や語り継がれる物語の中には、世界の真実の一部が含まれている事。  とはいえ、そのどこまでが史実であるかは解らない事。  獣人族セリアンスロウの寿命は人間リオンよりも長いが、それでも500年生きる者はいないと言われたので、アークは試しに1000年生きる生命は存在しないのかと訊ねた。  すると、伝説の中に永遠のような時を生きる ”神にも等しい” 存在が語られる事はあるが、ドラゴンのような幻獣族ファンタズマと呼ばれる、知能は高いが言語が通じない生き物をヒントに、創作した可能性の方が高いとの答えを返された。  その問答から、アークほどの能力を持つ種族の話は、事実かどうか判らない詩の断片程度しか情報が無い事が伺えた。  世界中を見て回れば、同じ種族に出会えるのかもしれない。  幾度もそう考えた。  だが実行には移せなかった。  自分と同じ種族が、この世界に存在するのかどうかも解らない。  親しんだ人間リオンを失った時の喪失感は、いつも心に刺さった。  その孤独を埋めてくれる誰かを夢見て探しに行き、誰も見つけられなかったら?  いつまで続くのか解らない孤独を埋められる者が、この世に誰一人居ないとしたら?  それを冷静に受け止められるとは、とても思えなかった。  取り残されて孤独になる事に怯え、それ故に他者と懇意になるのを避けるようになった。  特定の誰かと穏やかで幸せな時を過ごしてしまったら、その後に訪れる孤独と寂寥感を癒す術など考えもつかない。  そしてただひたすらその恐怖を避けるため、長い長い年月を独りで過ごしている。  独りで居るだけなら、そのうち痛みもぼやけてきて、どんなに長い時の流れも、やがて一瞬と区別がつかなくなる。  そこまでして自分ひとりの居場所を作ってきたのに、どうして扉の向こうに居る、十把一絡げの、ただ一瞬の行きずりの人物を、こんなに気に掛けているのか?

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