作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 手に握ったグラディウスを構え、ファルサーは一歩を踏み出した。  ドラゴンが巣食っている場所は、件の特殊な金属が埋蔵されている場所で、元は坑道の一部だったはずだが、今や大きな広間のようになっている。  天井が高くなった巣の中で、ドラゴンはうつらうつらと眠っているようだった。  大きさはファルサーの三倍ぐらいだろうか。  アークはトカゲと表現したが、ファルサーは巨大なワニのようだなと思った。  試合では、凶暴な動物や妖魔モンスターと戦う事もある。  闘技場コロッセオの中に水を満たして、戦艦を浮かべた船上の戦いの時に、水の中にワニを放っていた事があった。  船から落とされた者が、悲鳴を上げてワニに食われた姿を思い出す。  しかし目の前のドラゴンは、あの凶暴なワニよりも更に面倒な相手なのだ。  四足で、ワニより胴回りが大きく、前脚の付け根にコウモリに似た大きな翼を持っている。  ファルサーの足音に目を開き、起き上がったドラゴンは、ファルサーに向かってブレスを吐いた。  少し温度の高い滝を浴びているような、強風の中に立たされているような、奇妙な感覚に全身が覆われる。  アークに術を掛けてもらっていなければ、この一瞬で消し炭になったのかもしれない。  ブレスを吹きつけられると、押し戻されるような圧迫感があるが、それでもしっかり足を踏みしめると、前に進む事が出来る。  敵が息継ぎをしたところでファルサーは構えていたグラディウスを逆手に持ち替えて、振り上げた刃で一気にドラゴンの片目に剣を突き立てた。  ドラゴンのウロコは、物理攻撃はもちろん魔法ガルズも通さないと言われていて、王の鎧に使われていると聞いた事がある。  そんな物に全身を覆われていては、魔剣と呼ばれるような高名な魔道具ガルドラルでなければ、ダメージを与えられるものでは無い。  こういった高ランクな生き物は、その生態によほど精通していなければ、急所を突くのは難しい。  しかしどんな生き物でも大概は顔面、特に眼や耳といった場所はガードが緩くなる。  ファルサーは最初から、もしドラゴンに近付けるチャンスがあったならば、とにかく目玉を狙おうと決めていた。  会心の一撃にドラゴンが悲鳴を上げる前に、ファルサーは敵の顔に乱暴に足を掛けて、突き立てたグラディウスを引き抜いた。  暴れだし、尖った牙の生えた大きな口で噛みつかれる前に、俊敏な動きで相手から離れる。  最高に調子がノッていた試合の時よりも、身体が軽快に動く気がする。  これもアークの施してくれた術のおかげだろうか?  片目を失ったドラゴンが怒り狂ってファルサーに突進してきた。  それこそ正に、思う壺だとファルサーは思った。  感情が高ぶって凶暴化すると、攻撃力は増すが、同時に隙も出来やすい。  アークの術でほとんどブレスが効かない事が、ファルサーの有利に働いている。  四足動物としては考えられない速さで迫ってきたドラゴンを、頭でイメージした通りの動きで身軽に躱し、ファルサーはグラディウスので、敵の頭部にかなり強烈な一撃を当てた。  出来ればもう片方の目も潰していきたいところだが、流石にそこまでの隙は見せない。  ドラゴンの巨体を飛び越えて、離れた位置で相手の次なる出方を身構えたところで、ふとファルサーは、奇妙な疑問を感じた。  今、自分は易々とドラゴンを飛び越えた。  自身の三倍はあろうかと思っていた、巨体をだ。  四足動物としては素早いと思ったが、そもそもドラゴンの動きは小さなトカゲほどの俊敏さで、こちらの動きを封じようとブレスや尻尾で柱や壁を打ち壊している。  それらの上げる砂煙や、頭上から降り注ぐ岩石などを、自分は軽快な足取りで今も易々と避けているのだ。  ドラゴンに見舞った一撃の強さも、平素自分が闘っている時のそれとは比べ物にならないほど、全てのコンディションが最高の状態にある。  最高…どころでは無い。  俊足な四足動物と張り合って、コロッセオ同様の空間を駆けまわり、反撃をする隙も無く打ち殺されたはずの敵を、一方的に打ちのめしている。  しかも息切れひとつしていない、なんて…。  いくらアークの術の加護があったとしても、たかが一介の剣闘士グラディエーターが一個師団よりも戦力が上がる事など、あり得ない。  これが、おかしいと言わずしてなんだというのだ。 「ファルサー!」  アークの声に、ハッとなる。  奇妙な現象に気を取られて、ドラゴンを不用意に近付けてしまった。  咄嗟にどちらに避ける事も出来ず、思わず後退り、岩壁が背に当たる。  迫るドラゴンが、怒りの隻眼でファルサーを睨みつけてくる。  大きく開いたドラゴンの口を、咄嗟に両手で押さえ、取り落としたグラディウスが地面に当たる硬い音が響く。  後ろの壁で左足をしっかりと踏ん張り、両手に渾身の力を込めて右足を踏み出した。  ドラゴンがファルサーの力に押し負けて、ズルズルと後ろに下がっていく。  それもまた、あり得ない事だった。  自分の身になにが起きているのか、全く解らない。  身体を捻って、四足動物を転ばせる。  追い込まれた壁際から、走り出る。  慌てて走り出てしまって、グラディウスを拾い損ねたのが手痛い。  ドラゴンは予想よりも早く身を起こし、構えて口を開くと、ブレスを吐き付けてくる。  それを何度か躱し、ファルサーはなんとか回りこんで、グラディウスを取り戻そうと考えた。  攻撃的に前に出てくるかと思えば、何かを恐れているのか、後ろに下がる。  ドラゴンの行動は、最初に怒りで襲いかかってきたものとは、少し違っていた。  ようやくグラディウスを掴んだ時、ファルサーはドラゴンが恐れて下がったのでは無い事に気付く。  ブレスによって熔解した岩が、言葉通り溶岩の川を形成していた。  アークが言っていた「言語はかいさないが、知能は高い」という言葉が、脳裏を過る。  尾っぽを地面に叩きつけ、勢いを付けてドラゴンは前脚を跳ね上げた。  その二足で立ち上がったような格好から、一気に身体を打ち下ろす。  おおぶりな攻撃なので命中率は低いが、破壊力は想像を絶する。  打ち下ろされた瞬間の衝撃は、咄嗟に動く事もままならぬ程に地面が振動する。  その一瞬の隙に、ドラゴンは素早く身を翻し、振り回した尾でファルサーの横っ腹を打った。  息も出来ない程の衝撃の後に、身体が空に飛ばされる浮遊感。  肩から地面に落ちたが、落とされた先は溶岩の川だった。  落ちる直前、さすがにこれで一巻の終わりかと思ったが、想像と違って熱した泥に突き落とされたような、少しの息苦しさを感じただけだった。  どうやらアークの術が、またしても身を守ってくれたらしい。  むしろ、硬い地面に叩きつけられるよりも状況は有利で、体に感じた温度はかなり高かったが火傷もしていなかった。  しかしそこで、なまじ安心したのが命取りになった。 「ファルサー!」  再び聞こえたアークの声に、ファルサーが顔を上げた時。  目の前にあったのは、ドラゴンの腹だった。  おおぶりの一撃が、頭上にある。  三本の鉤爪が、目一杯開かれているのが、不思議なほどハッキリと見て取れた。  咄嗟に思考は真っ白になり、逃げる事も反撃する事も出来ずに立ち竦む。  先程、ドラゴンの尾に打ちのめされた横っ腹を、再び何か強烈な一撃が打ち据えた。  だがその一撃にはドラゴンの尾ほどの破壊力は無く、ただファルサーをその場から数歩動かしただけだった。  その数歩で、ファルサーはドラゴンの強烈な一撃を避ける事が出来た。  しかしファルサーをよろめかせた衝撃のぬしに気付いた瞬間、ファルサーは言葉にならない声で絶叫していた。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません