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 戦士フェディンたる者、どんな時にも背後の警戒を怠ってはならない…と教えられていたファルサーは、相手の気配に全く気付いていなかった事に狼狽えていた。  だが声の主を見た途端、そんな動揺など吹っ飛んでしまった。  そこに立っていたのは、ひたすら真っ白な人物だった。  ファルサーの想像していたようなヒゲだらけの老人ではなく、やや童顔で整った、年齢の推し量れない顔立ちをした男だ。  短く整えられた髪は新雪のようなプラチナブロンドで、肌も日に当たった事が無いのではと疑いたくなるほど白い。  唯一色素が乗っている瞳も、透けた薄氷のような淡いブルーだ。  しかも服装まで司教ビショップが着用するような、白い詰め襟の上着とボトムスを着用している。 「用件は?」  もう一度言われて、呆然と彼を見ていたファルサーは、ハッとなった。 「…湖の真ん中にある島に渡してもらいたいんだが…」 「何のために?」 「ドラゴン討伐だ」  ファルサーの答えに、それまで殆どなんの表情もなかった相手の顔に、微かながら呆れたような感情が浮かぶ。 「物好きだな」 「僕がしたくて、する訳じゃない。王命だ」 「どちらにしろ物好きだ」  男はファルサーに背を向けると、部屋の奥にあるテーブルへと移動した。  しかしその動きには全くと言っていいほど音が無く、スタスタと歩いているにも関わらず、まるで幽鬼のような者がスウッと移動しているような錯覚を覚える。 「渡してもらえないのか?」  彼はそこにあった椅子に腰を降ろすと、人差し指でテーブルの表面をトントンと叩く仕草で向かい側に座るよう、無言の圧力で示してくる。  ひどく高飛車な、部下に命令でもするような調子だ。  ファルサーが黙って相手を見つめていると、男は眉根を眉間に寄せて、やや不機嫌な顔になった。 「物を頼みに来たのなら、相応の態度を取ったらどうだね?」  ファルサーは渋々と、彼が示した椅子に座る。 「湖の島に、渡してもらいたい」 「報酬は?」 「そちらの希望を聞こう」  相手はファルサーの問いにすぐには答えず、テーブルの上に置いてある直径が5cmぐらいの透き通ったまん丸い水晶を手に取った。  数秒、それを見つめた後に、視線をファルサーの顔に戻してくる。 「支払いをするのは、君か? 王か?」 「それがなにか、関係が?」 「大いに有るな。そもそも、君に何が支払える?」 「金貨を持っている」 「それは君の旅費だろう? 大事にしておきたまえ。それに私は、金に興味は無いのでな」  わざわざ水晶球などを手に取った上に、ファルサーと水晶球を交互に見やるような態度から、てっきり彼がその水晶球で、何か占いじみた事でも始めるのかと思った。  だがヒトをくったような態度でファルサーに応対する様子からは、占いなどするつもりはさらさらなさそうだ。  旅芸人ジョングルールのマジックと同じように、掌から手の甲にコロコロと水晶球を転がしたり、ファルサーの目の前で手首を返す度に水晶球の数が増えたり減ったりしている様子から、水晶球をもて遊んでいるだけだと気付いた。 「だが、まぁ、いいだろう」  最後に大きく手首を回し、彼は一つに戻った水晶球をテーブルの上の、元々置かれていた場所に戻した。 「君に要求する対価は、二件の労働奉仕だ」 「労働奉仕…?」 「文字は読めるかね?」 「えっ、ああ、一応読める」 「よろしい。では、あちらの扉の向こうに廊下がある…」  相手は部屋の北側にある扉を、指で示した。 「一番奥まで行くと ”STOCK” と書かれた扉があるので、その部屋に入ってくれたまえ。入って直ぐのところにリストが置いてある。その内容通りの物を、集めてきて欲しい。君がどれほどの能力を持っているのか判らんので、期限は切らずにおこう。どうせ暇を持て余しているしな。リストの物を全部集め終わったら、次の用事を頼もう。二つの仕事が完了したら、君を島に渡す。頑張りたまえ」 「それだけ?」 「君は頑健なようだが、それでもリストの物を完全に揃えるには、数日掛かるだろう。用事がある時は、声を掛けてくれたまえ」 「ビショップ、ちょっと、待ってくれ」  立ち上がった男を、ファルサーは呼び止めた。  ディフェンスと書かれたプレートの付いている東側の扉に手を掛けていた男は、足を止めて振り返った。 「それは、私の事かね?」 「他に人はいないだろう」 「私を呼び止めたのかと訊ねているのでは無い。それを私の名称だと思っているのかと訊ねた」 「ええっ?」  ファルサーはやや狼狽気味に、自分のこめかみ辺りの髪を撫でた。 「…あ、いや…。麓の町で ”隠者のビショップ” と聞いたし、司教ビショップのような服装をしているから、てっきりそれがあなたの肩書きかと…」 「アークだ」 「そうか、申し訳ない。僕はファルサーだ」 「了解、ファルサー」  それだけ言うとそれ以上はファルサーの話を聞かずに、アークはディフェンスの中に入って行ってしまった。

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