柱廊のこぼれび
『 体温調節 』

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熱が欲しい。寒いのは嫌いなの。 ずっとずーっと昔から、寒いのは嫌。 手が冷たくかじかんで、爪先の感覚が無くなって、動くと痛くなるの。 隙間からをも風を吹き込んで全身の熱を奪うの。 震えが止まらない。 わざとやっているのかと言われるくらい震えてる体が憎らしい。 誰も見てくれないの。 寒そうにしている寒がりな私を。 見てくれないのならこんなになるまで我慢しなくてもいいのに。 いいえ、我慢しないといけない。 こうしてないと誰も熱を与えてくれないから。 唇はまだ仄かに赤いから平気。まだ大丈夫。まだ。 限界が来ても限界を限界だと思わなきゃいいもの。 耐えて耐えて、寒さに耐えて、待つの。 なにを? 熱が欲しい。凍ってしまいそう。 時間に取り残されても此処にいるから。 息の白さがぼやけて、すぐ耳元で聞こえる歯牙のタイマー。 吸い込む空気がこの体に残された熱をそろりと盗む。 寒い寒い、さむいの。 口癖になってしまったみたいで次に出る言葉も“寒い” 目を配っても、逸らすどころか見てないの。 合わない目ばかり。 私はもう動けないの。歩くと足が痛いから。 顔を上げると肺が苦しいから。 暖かい毛布になりえるのはこの体だけ。 気休め程度の温もりと意味をなさない防寒着。 ほら、やっぱり。 寒いままじゃない。 いつになったら安らげる? 寒い寒い。余計に寒くなる“寒い“の言葉。 言わないと、誰も見てくれないなら言葉で振り向いて貰わないと。 震えも増幅、寒い寒い、寒いよ、いやなの。 ろれつが回らない。 発音がうまくいかない自分の声はヒキガエルに山羊が乗り移ったようなおぞましさ。 ぐぇ、ぐぇ。 醜い声に腹が立って、声を出すのが億劫になった。 これじゃ誰も来てくれないじゃないの。 丸めた体でどんなに惨めになっていても通り過ぎる人、人、猫、人― 凍りそうよ。唇の感覚がなくなってきた。 ルージュを紫色に塗り変えてしまった。 なくちゃいけない妖艶さは何処へ? 折角整えたヘアスタイルもまるで老婆のよう。 早く、私を暖めて。 固まって動けなくなってしまう。 冷凍庫の中が寒いのは知っているでしょ。 同じ気持ちにさせないで。 寒い寒い、心身に氷が這ってくる。 解凍して。 私の熱だけじゃ減っていく一方。 もう薄いブランケットにも満たない温もりしか感じられない。 震えの振動なんて原動力とはかけ離れている。 熱が欲しいの、早く早く、この寒さから救ってよ。 俯き蹲る私が怖いからなの? 誰も見てくれない。誰も聞いてくれないからこうなってるのに。 大丈夫よ、熱を宿せば元通りだから。 豚が真珠になると信じてこの身を預けさせて。 まだ、まだよ、我慢して。 寒いのはここだけ。 誰かが私を見てくれたらいいのよ。 いつまで? 熱が欲しい。暑いくらいの熱が。寒いよりは断然良い。 肌が白く、青く、固くなってきた。 このままじゃ私は私じゃなくなる、私が私だという形で見つけてもらえなくなる。 ここで見つけて貰わなきゃ。 だって、じゃないと…でなきゃ― 吐く息に混じる熱を留める為に、なるべく息を止めるの。 瞼が重たい。 鼻腔からつらら。そして塞ぎ出す。手が動かないのに。 喉が痛い。苦しい。苦しいけど熱がないから溶かせない。 大丈夫よ、脳はまだ動くから待てる。待たなきゃいけない。 寒いのは昔から嫌いなの。寒いのは昔から嫌いだって知ってるでしょ? 寒いのはもう嫌なのよ。寒いままなんて耐えられない。 だから待つのよ、耐えるのよ。 寒さから逃れる為に寒さを利用するのよ。 熱が欲しいの。 熱を感じられれば私は寒くないもの。 なに? 眠たくなってきた。それとなんだか仄かに暖かくなってきた気がする。 なんだろう、なんだろう。 瞼が開かない。開けられない。 そうだ、これは熱だ。熱だ。 私がずっとずーっと欲しかった熱だ。 見てくれたの?こんな醜くなった私を、誰も見てくれない私を、誰か。 重たい。寒かった。凍らなかった。の? 暖かい、とても暖かくてやっと毛布に潜り込める。 タイムリミットは止まった。振動も止まった。の? なにこれ。なにこれ。 誰かの熱に感謝のキスをしなくちゃ。 でも、感覚がなくなって見えないの、聞こえる微かな人の声。 寒いのは嫌なのよ、大嫌いよ。寒いとおかしくなってしまう。 それくらい寒がりなのよ。 なにを身につけても、なにを着てもこの寒さはなくならないから。 熱があれば、誰か、見つけて。 寒がるこの私を。 冷凍庫の中は静かすぎるのよ。 暖かいのはあなたのお陰よ、見えない誰かさん。 寒い、寒い。寒いのは嫌なんだ。 少し煩いようだけど、大丈夫。 寒さに耐えたら、あなたも寒くなくなるわ。 私に熱を。 私は熱が欲しい。もっともっと。 寒いのは嫌なのよ。

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