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 あのエルドラ=マルコ氏が、かの有名なタンタラ村壊滅事件の調査に挑んだ際に遭遇したのがエビ男である。  タンタラ村を一晩の内に飲み込んだ謎の根の正体を解明しようと、単身タンタラ村に赴いたマルコ氏は、早速調査を開始した。ひしめき合う太く巨大な根は山ほどの大きさがあり、まるでジャックの豆の木がそのまま横倒しになって村を押し潰したかのようだった。  その時の様子をマルコ氏はこう語っている。 『私もこれまで様々な超常現象の調査に行きましたが、あれほど異常な光景は始めてでしたよ。村一つを飲み込む、停止した根の津波、太古の時代から加速した進化を目撃したかのようでした』  マルコ氏は根の一部を切り取ると、早速分析装置にかけた。その分析結果から驚くべきことが判明したのである。 『根の正体は山芋に近い植物でした。もちろん、普通の山芋がこんな大きさに成長するはずがありませんし、増してや一晩で村を飲み込んでしまうなんてことが有るはずありませんよね?』  マルコ氏は、民間や木々が山芋の下敷きになっている事から、これは地中からではなく上空から飛来した物だと推測した。つまり、地球上の植物ではなく、宇宙からやってきたのではないかと仮説を立てたのである。  マルコ氏は山芋の表面をくまなく調査してみる事にした。すると、山芋の表面には直径1メートル程の口が所々に開いているのを見つけた。しかもよく見ると、その口は呼吸をするようにゆっくりと開閉を繰り返していたという。 『根には気孔のような器官が備わっていました。私が空気の流れを確かめる為に砂を撒くと、確かにそこから空気の出入りが見て取れたのです。それにしても、その気孔というのが、山芋特有の粘液を纏っていてですね、つまり女性器にそっくりなので驚きましたね。私はおかしさ半分、変な気分半分で気孔によく近付いて観察せずにはいられませんでした。しかし、今思えばそれが惨劇の始まりだったのです。女性器に迂闊に近付くのは危険だと分かっていても、男という物はいざ目の前にすると、いやはやほんとダメですね』  根の異常性とマルコ氏の異常性を確認した所で、話は急展開を迎える。 『私は気孔の側に座って中を覗き込みました。ええ、もちろん危険なのは分かっていました。しかし、好奇心を刺激されて覗かずにはいられなかったのです。中には押し固めたような暗闇が広がっていました。そして、何とも言えない引き寄せられるような香りがするのです。私はうすもやがかかったような意識で、暗闇をただボンヤリと見つめていました。その時です、突然、ガバ!と、気孔が隆起したかと思うと、私をその中に捕らえて、そのまま飲み込んでしまったのです。そうです、私は謎の山芋に捕食されてしまったのですよ』  とても信じられない出来事である。何が信じられないか、それは巨大な山芋の生態についてもそうだが、マルコ氏が生きてここに居る事がである。彼はどのように生還したのか、そして山芋の内部で何を見て来たのか、説明を求めた。 『捕食された私はヌルヌルとしたチューブのような器官の中を、吸い込まれるように流れて行きました。とても恐ろしかったです。死んだな、と思いました。しかし、私は死にませんでした。それどころか、流れ着いた先で想像を絶する光景を目にするのです』  マルコ氏はその時の事がよほどトラウマになっているらしく、冷汗をかいてブルブルと震え出した。大丈夫かと尋ねると、大丈夫です取材を続けましょうと答えた。 『チューブの果てには、明るく広い空間が広がっていたのです。吐き出されるように地面に放り出された私はすぐに安全を確かめようと周りを見渡しましたが、目が眩み、ほとんど様子が分かりませんでした。それほどの明るさだったのです。およそ自然光とは思えない明かりに目が慣れてくると、信じられない光景がそこには有りました。広い部屋です、それも見た事も無い装置や機械があちこちでゴウンゴウンと唸りを上げている、まるで土でできた工場のような場所に私は立っていたのです』  未知の世界に迷い込んだマルコ氏は、とにかく脱出を最優先に考え行動した。自分が吐き出された箇所を調べてみると、もう口を閉じてしまっていて、どうやっても開かない。しばらくこじ開けようと努力したものの、仮にここが開いた所で、入った所に自力で戻れるわけがないと判断したマルコ氏は、止むを得ず奇妙な工場を進んで行く事にした。 『本当に不思議な所でした。ピザ窯か暖炉のような装置が無数に並んでいるのですが、それぞれが何を作っているのか検討もつかないのです。何だかカビの塊のような物が、なめし革に似た質感のベルトコンベアーの上を流れてゆき、ある機械の中を通過して出てくると、赤く発光する水晶になっているのです。またある機械では、ウネウネと動くカラフルなナマコや深海に咲くイソギンチャクに似た生き物が、生きたままベルトコンベアーの上を流れて行きました。そして、コンベアーから、溶鉱炉のような装置にボチャリと落とされていくのです。すると生き物達は、ピギー!とガラスを切り付けるような悲鳴を上げ、同時に煙が上がったかと思うと、装置に付いた蛇口から青く光るゼリー状の物体がコポコポと出てくる。おそらく生き物達が加工された物でしょう。それをまた別のコンベアーがどこかへ運んで行く。あちこちでそんな事が起こっていました。何が作られているのかサッパリ分かりませんでしたが、何となくおぞましい作業が行われている気がして、ますます脱出を急ぐ気持ちが強まりました』  マルコ氏が目撃した異形の工場の正体は一体何なのだろうか。マルコ氏はミネラルウォーターを一息に飲み、呼吸を整えると続けた。 『私が恐れていたのは、何よりもこの工場で作業をこなしている存在と遭遇する事でした。これだけ人工的な機械が鎮座しているのだから、管理している何かがどこかに居るに違いないと考えていたのです。私の勘は当たってしまいました、あろう事か、遭遇してしまったのですよ。山芋の住人、エビ男に』  マルコ氏が出会ったというエビ男とは何者なのだろうか。およそ地球上の生き物とは思えないそのネーミング、少なくとも我々の食卓に並ぶエビフライのエビとはかけ離れた存在である事は間違いない。 『私は出口がどの方向に有るのか、当然分かるはずもなく歩いていました。ただ前へ前へ、ここでは無いどこかへという気持ちで進んでいました。すると、機械だらけの区域が終わって、何やら商店街じみた、両サイドに居住区のような物がズラッと並んでいる長い空間に辿り着いたのです。私はゾッとしました。明らかに知的生命体の気配がする場所にやってきてしまった事と、異質な物への恐怖心からです。この辺りから、私はもう植物による事件ではなく地球外の何者かによる攻撃に晒されてしまったのだと確信していました。案の定、直後にかつてない恐怖を味わう事になりました。私がどうしていいか分からず立ち往生していると、居住区からエビの頭にゴリラのような身体をした生き物がゾロゾロ現れて、私はあっという間に取り囲まれてしまったのです』  未曾有の超常体験を語るマルコ氏。冷や汗はもはや止め処なく溢れ、全身がびしょびしょになっていた。どれほどの恐怖を体験すると人間はここまで冷や汗がかけるのか、それはマルコ氏本人の口から語られる事となる。 『私はエビ男達に捕らえられ、凄惨な暴力を加えられました。彼らにとって私は外敵であり侵入者なので、かける慈悲など無いのでしょう。ゴリラのような太い腕で締め上げられ、激しく殴られました。私が流血し力を失うと、エビの触覚で私の状態を調べ、生きていると分かるや否や、また激しい暴力を加えました。私は、このままでは本当に殺されると思い、何か抵抗する手段を考えました。しかし、武器も無く素手で立ち向かった所で、なすすべもなく打ち倒される事は目に見えています。なので、私はとにかく叫ぶ事にしました。声による威嚇、それしかないと考え、力の限り叫びました。すると、エビ男達は多少ですがたじろぐ様子を見せたのです。私はほんの少しの希望を見出し、力の限り叫びました。すると、うろたえるゴリラのようなエビ男達を割って、今度はスーツを着たエビ男が現れたのです。そのエビ男は、ゴリラのようなエビ男とまるで違う、人間的な動きをするエビ男でした。彼が理解不能な言語でゴリラ型のエビ男達に何か合図を出すと、ゴリラ達はおずおずと引き下がり、やがて居住区へ帰って行きました』  もはや特撮映画じみた展開に、何も言えず。ただただマルコ氏の証言に聞き入るばかりである。 『スーツのエビ男は私に近付くと、懐中電灯のような機械で光線を浴びせてきたのです。私は殺されるのかと思い身構えましたが、その緑色の光を浴びた私は信じられない事に傷がたちまち治り、暴力を受ける前の元気な状態になっていたのです。そして、エビ男は自分の名はワルポワルだと名乗りました。なぜ会話ができるのかって?彼は言語を最適化する変声機のような物を持っていたのです。そして、ゴリラ型エビ男が危害を加えた事を詫びてくれました。私は自己紹介の後にワルポワルに言いました。不法侵入だと言われればその通りだし、傷を治してくれたので私への暴力に関して何も言わないが、君達はどこからどうやって何の目的でタンタラ村にやって来たのか。この山芋のせいで、村は壊滅してしまった。理由によっては、我々人間は君達を外敵と判断しなければならない、と』  マルコ氏の勇気に脱帽した。得体の知れない生き物に、それも相手の領域に身を置きながら、そんな言葉を発するのがどれほど危険な事か。敵地で敵を罵倒する、自殺に等しい行為である。死を覚悟したからといって、そうそう出来る事ではないだろう。 『私の言葉を聞いて、ワルポワルは申し訳なさそうに言いました。それは分からない、我々はどこかに行こうと思ってやってきたわけではないし、何をしようとも思っていない。ただ、このゴーガ(彼らの住んでいる山芋)の中で暮らし、生きているだけなのだ、と。彼が嘘を言っているとは思えず、私は驚きました。要するに、エビ男はゴーガという住まいでただ暮らしているだけで、ゴーガがどこに行くだとか、そういった事は全く認知していないと言うのです。我々が地球の行く末を認知していないのと同じ様にです。もちろん、ゴーガがここにやって来るまでどこに有ったのか、それもワルポワルは知らないと言うのです。私もワルポワルも、一体どうすれば良いのか分からず、黙り込んでしまいました。しかし、いつまでもそうしているわけにもいないので、私はワルポワルに提案をしました。「ワルポワル、外に出る方法は無いか、このままではこのゴーガは人間に処分されてしまうと思う、外に出て何かしらの対処をしないといけない。私を外に出してくれれば、きっと君達の力になると約束する」と。しかしワルポワルは、そんな方法は無い、有ったとしても私は知らないと言いました。私はうんうんと悩みました、しばらくの間その場で座り込んで考え込んでいた、その時です』  マルコ氏とワルポワルというエビ男に奇妙な友好関係が芽生えようとしていた時、それは起こった。 『突然です。ギュイイ!という、凄まじい轟音が鳴り出したかと思うと、遥か遠い天井を真っ二つに断ち切って、高速で回転する巨大な金属の刃が入り込んで来たのです。辺りはゴーガの粘液が嵐のように飛び散り、大地震が襲ってきました。ゴリラ達は一斉に居住区から飛び出した、あちこちを駆けずり回り、恐怖に怯えて混乱していました。私もワルポワルも、何が起こったのか分からず、混乱していました。私はワルポワルに叫ぶように言いました、一体何が起こっているんだ、あの巨大な刃は何なんだと。しかし、ワルポワルもそれは分からない自分も初めての経験だと、地べたにうつ伏せたまま言いました。刃はどんどんゴーガの中に入ってきて、とうとう私達のすぐ近くまでやって来たのです。その時の恐ろしさと言ったら、言葉では言い表せません。摩擦で泡立つ山芋の粘りが地獄の雲に見えました、本当に死ぬのだなと覚悟しました。私は、そこで気を失ってしまいました。あまりの恐怖に意識を保てなかったのでしょう』  マルコ氏の、ゴーガ内部の体験談は以上だ。意識を失った彼は別の調査員によって、ゴーガの外で発見されている。彼より後に調査に赴いたボブ=ピーターソン氏が、山芋のサンプルを採取しようとセイバーソーで一部を切り取っていた所、倒れているマルコ氏を発見したのだ。 『気が付くと、私はピーターソン氏のテントに寝かされていました。私はすぐにワルポワルとゴーガの事について尋ねましたが、ピーターソン氏は「何を言っているのか分からない、君はあの芋の様な物体の上に倒れていたのだ」と言いました。私は、そんなはずはないと思い、すぐに調査していた辺りに戻って調べました。しかし、彼の言う通りワルポワルはもちろん気孔の様な穴も見当たらず、結局、自分がどうやってあのゴーガの内部から脱出したのかも分からないままになってしまったのです』  マルコ氏の体験は実に奇妙だった。全ては彼が見た夢か幻だったのだろうか。ただ、一概にそう言い切れない現実との共通点も有る。ゴーガに食い込んだ金属の刃、それはピーターソン氏のセイバーソーなのではないか。それがゴーガの世界に強力な影響を及ぼし、中に取り込まれたマルコ氏を外界へ引き戻したのではないだろうか。 『ワルポワルやあのゴーガという都市が、私にはどうしても夢や幻のようには思えないのです。彼は一体どこへ行ってしまったのか、本当に気になりますね』  その後、山芋(ゴーガ)はタンタラ村復興作業で解体され処分されたが、一部はボランティアで参加した人々と被災者に山芋汁として振る舞われた。その山芋汁はなぜかエビのような風味が効いていて美味しいと非常に好評で、復興した新生タンタラ村の名物となり、今でも毎年の復活祭ではエビでダシを取った山芋汁を作って食べるのが恒例行事となっている。 筆者・御堂ゆずる

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