これは、小説家・童夢カズマ氏が書いた不思議な少女とのエピソードである。 あの妖怪研究家・塩崎霊左衛門氏は、この文書に登場する少女を現代妖怪の傷女ではないかと発言している。 … 当時、まだ小説家のタマゴだった僕は都内のアパートで一人暮らしをしていた。いつものように夕食の買い出しに行こうと出かけた時に、不思議な女の子を見かけたんだ。 あの頃、僕は本当にお金が無くてね、今も大して無いけど。毎日、近所のパン屋さんにパンの切れ端を貰いに行ってたんだ。 親切なお店だったな、たまに売れ残ったパンもくれたりして。まぁ、それが僕の主食だったんだよ。 その日もそんな感じで、夕方頃にそのパン屋さんへ行ったんだ。そしたら帰り道、もう暗くなってたんだけど、アパートの近くの空き店舗の前にあるベンチに女の子が座ってるんだ。僕と同じ歳ぐらい、20歳ぐらいのね。 それがね、何か変なんだよ。季節は秋から冬にって時期にさ、上着も着ないで赤い長袖のシャツにズボン、履き物はサンダルだよ。それなのに寒そうに震えてもいないし、両手を膝の上にキチンと乗せて、まるで電車に乗ってるみたいにジッとしてるんだ。 辺りに人は居ないし、暗い表情でやや俯きボンヤリとした目をしてる。睡眠薬でもやってるのかと思った。気にはなったんだけど、下手に声をかけてトラブルに巻き込まれるのも嫌だったから、その場はそのまま通り過ぎて家に帰ったんだ。そして、家でいつも通り夕食を済ませて、本を読んでいたのかな。 そしたら、どうもあの子が気になってね。結構、可愛い顔をしてたんだよ。ショートカットで、小柄な。 あんな所でジッとしてたら寒いだろうな、風邪でもひいてしまうんじゃないかって、どんどん気になってしまってさ。それで居ても立っても居られなくて、出かけたんだよ。 少し歩くと、例のベンチが置いてある空き店舗が有る。遠くから見ても、やっぱりその子が座ってるんだよね。真っ赤な上下を着てさ。 ますます変だなと思ったよ。なぜって、僕が最初にあの子を見つけてから3時間は経ってるんだから。そんな長い時間、この寒い中で何もせずジッとしてるなんて、どう考えてもおかしいじゃないか。 それで、意を決してね。声をかけてみたんだ。 『夕方頃もここに座ってたけど、どうかしたの?寒くないの?』ってね。 そしたらその子は顔を伏せたまま横に振って、 『何でもない、放っておいて』って言うんだ。 繊細な飴細工が割れるような、とてもか弱い声だったよ。 僕は、絶対何かわけが有ってこうしているんだろうなって思った。 例えば、家出とかさ。友達や恋人と喧嘩して自暴自棄になったりとか、当時の僕らぐらいの年頃なら珍しい事じゃない。 そう思った僕は『そうか。でも、そんな薄着で居たら風邪をひくから早く家に帰りなよ。考え事なら、家でもできるんだからさ』って言ったんだ。 するとね、突然その子は何も言わないで立ち上がって、そのままどこかへ歩いて行ってしまったんだ。 僕はその動作が急で少し驚いたのと、余計な事を言ってしまったのかなって思った。でも、同時に安心もしたんだ。何にせよ、そこに居るのをやめて帰ったんだから。あんな夜の寒空の下にジッとしているなんて、知らない子でも心配になるじゃない。 僕は、これで一安心だって気分で家に帰ったよ。それでその日はおしまい、風呂に入らずに寝たよ。なぜって、アパートに風呂が無かったからね。週に二回だけ銭湯に行ってたんだよ。 次の日もビルの窓拭きのアルバイトから帰ってきて、パン屋さんへ行ったんだけど、帰りにあの子が居たんだ。同じように赤い上下を着てね。 その時は確か、割と気軽な感じで話しかけたんだ。やぁ、昨日はどうもって感じで。そしたら、向こうも『今晩は』って、顔は相変わらず無表情だったけど普通に応えてくれたんだよね。 僕はそれが嬉しくてさ、胸がドキドキしたのを覚えてるよ。正直に言って、僕はその子が気に入ってたんだよ。すごくミステリアスで、可愛らしい子だったからね。 『昨日からずっとここに居るけど、何をしているの?』って聞いたんだ。 すると、その子はまた黙ってしまってね。僕は構わず話しかけた。 『そんな格好で外にいると、本当に風邪をひくよ。何か理由があるの?僕に言ってごらんよ』ってね。 今じゃ知らない人にそんな事は絶対言わないけど、その時は若かったから言えたんだろうな。 そしたらね、その子はゆっくりと顔を上げて、こう言ったんだ。 『私を好きな人を探してるの』 僕はその時の凍り付くような衝撃を一生忘れない。それまで顔を伏せていたから気が付かなかったんだ。 その子の大きな眼だよ。信じられないほど澄んだ紫色なんだ。かつて見た事が無いほど、ありとあらゆる美を凝縮したような二つのまなこ。こんな綺麗な物体がこの世に有るのかって思ったね。強力な光を直視してしまったみたいに、僕は驚いて、後ずさったほどさ。 当時、カラーコンタクトなんて物は当然無かったし、眼の青い外国の人さえ写真でしか見た事が無かった。僕がどれだけ驚いたか、分かってもらえると思う。 今でも紫色の眼をしてる人が居たら、驚くのは驚くだろうけどね。 つい『き、綺麗だね…』と、思わず口から溢れてしまったんだ。僕は言ってから、しまったと思った。なぜって、いきなり知らない女の子に向かって綺麗だねは無いだろう。 それに、恋人を待っているなら尚更だよ。僕は驚きで理解が追いついていなかったけど、その子が言った言葉はそういう意味だろうと思った。 『あ、そうなの。じゃあ、すぐ来ると良いね』 僕はそう言いながら、顔を上げたその子に見惚れていたと思う。 肌は北国の朝に咲くつららのように白く、憂いを湛えた紫色の眼、真っ赤な服、織物のような黒髪。吸血鬼のような美貌だよ。誰だってあんな女の子を前にしたら平気で居られるわけがない。完全に心を握り締められたんだ。 その時の緊張感といったらなかった、まるで骨張った悪魔の指が心臓に食い込んだみたいだったよ。 僕は立ち去ろうと思った。恋人を待っている女の子にあれこれ世話を焼くのは良くないからね。野暮ってもんだ。ところが体が動かない。頭では立ち去ろうと思ってるんだけど、心の深い部分が留まろうとするだよ。 なんていうのかな、こんな綺麗な物は多分この先見る事が出来ないだろうから、もっとしっかり記憶に残しておかなければ勿体ないって気持ちになったんだ。 僕がそのままジッとしてしまっていると、その子はゆっくり立ち上がって、言ったんだ。 『助けてほしいの』 助けてだって?どういう事だろう。僕は詳しい説明を求めた。すると、その子はこう言ったんだ。 詳しい事は言えないが、自分はある理由が有って家に帰れない。けど、もうすぐ自分の事を好きな人が現れるはずなので、その間だけで良いので自分を家に置いてはくれないだろうか、と。 僕は断りたかった。自分で言うのもなんだが、僕は昔から気が小さい上に用心深い性質だったんだよ。 家に帰れない、いつか恋人が迎えに来るだって?そんなもの、関われば関わるほどトラブルに巻き込まれるに違いないじゃない。年はさほど僕と変わらないだろうけど、誘拐だの監禁だのと言われる可能性は十分に有る。 僕は、それはできないと言おうとしたんだけどね。信じられないことに、その子が泣き出したんだよ。さっきまでの無表情がジワジワと崩れて、まるでアイスクリームが溶けていくように泣き顔に変わっていくんだ。そして、僕をジッと見つめて、祈るように言うんだ。 『迷惑はかけないから、お願い』 分かった、分かったから。断れるわけもなく、仕方なく僕は家にその子を連れて帰った。ギリギリまで何か企んでるんじゃないだろうなと疑っていたけど、家に着いた頃にはどうにでもなれって思ってたね。とにかく、その時の僕は正常な思考と、ネジが飛んだような思考が入り混じった状態だったんだよ。 片方では、いくら美人でもワケ有りで正体の分からない人と関わるのは止した方が良いと思っていて。もう片方では、どんな事になろうともこの子を長い時間側で見ていられるならそれに越した事はないって思っていたんだ。 思えばあの部屋に女の子を上げた事なんて、それっきりだったな。オンボロでさ、トイレも共用なんだよ。畳は割と綺麗だったけど、扉も床もギィギィ鳴くんだ。そんな所に女の子を連れて帰るなんて、ちょっと気が引けるからね。 家に入って、寒いだろうと思ったから石油ストーブに火を点けたんだ。灯油がもったいないから、よほど冷えた時でないと点けなかったんだけど、お客が来てるわけだからね。 すると、その子が妙な事を言ったんだ。ストーブが怖いから消して欲しいって。そして、冷え切った部屋の隅っこでうずくまってジッとしてるんだよ。 僕は『寒くないの?』って聞いた。そしたら『寒くなんてない、それより怖い気持ちになるのが耐えられない』なんて言うんだ。 何か火にトラウマが有るのかなって思った。家に帰れない理由といい、明らかに普通じゃない。僕はもう一度、なぜ帰れないのか、恋人はいつ迎えに来るのか聞いてみた。けど、その子はそれは言えないと言う。ならば名前は何と言うのか聞いてみたが、それも言えないと言う。 僕は困ってしまったね。なにしろ、本当に何も言わないんだから。では、いつまで僕の家に居るつもりなのか聞いてみた。しばらくは構わないけど、君の素性が分からない以上は、いつまでもおいておくわけにはいかないよ、とね。 そしたら、その子はまた泣き出してしまって。僕は、もう聞かないから泣かないでくれと謝り、何とか宥めたんだ。本当にめんどうな事になったなと思った。 けどね、改めて見ても、その子は本当に綺麗なんだよ。何て言うか、その子を見てると、険しい山道の果てに山頂で眺める夕陽だとか、空気の透き通った田舎の青い星空を見てるような気持ちになるんだよ。まるで人間と違う物を見てる感動を、当たり前のように纏っていたんだ。 そうして、しばらくその子は僕の家に住んでた。けど、日中は必ずどこかへ出掛けてた。僕が朝起きるともう居なくなってて、夜の十時頃になると帰って来るんだ。 何をしていたのか聞くと、『探してたの』と、当たり前だろって感じで言うんだよ。 その時に僕は『あれ?』と、思った。なぜって、探してるって言葉さ。 思えばその子は最初から『自分を好きな人を探してる』って言ってたんだよね。 僕はその言葉を、恋人が迎えに来るのを待っているという意味だと思い込んでいたんだけど、どうやら違うみたいだったんだ。 どういう事なのか聞こうと思ったけど、どうせ聞いたところで答えないだろうし、また泣き出されたら困るからやめておいた。何にせよ、しばらくしたら出て行く事に変わりはないんだろうし。 もう一つ変な所があってね。その子、何も食べないんだよ。 いや、正しく言うなら僕が見てる所で何も食べないのかな。夕食も、最初は二人分用意してたんだよ。当時の僕にしたら大変な事だったけど、自分だけ食べるわけにもいかないからね。 けど、その子は要らないと言って手を付けなかった。お腹が空かないのかと聞くと、出かけている時に自分のお金で食べてるから大丈夫だと言った。 愛想の子だなと思ったけど、それはそれで僕は金銭的に助かる。実際、その子は僕の家に居るだけでお金は何もかからなかった。お風呂も洗濯も、毎日外で自分でしているから気にしないでくれと言うんだから。なんなら、僕よりずっと良い暮らしをしていたと思うよ。 でもね、それでもやっぱり気になるじゃない。 僕は時々、その子の分も夕食を用意したり、ほんの少しだけどお金を渡そうとした事もあるんだ。なぜって、一言では言えないけど、数日でも毎日顔を合わせていると心配にもなるしさ、簡単に言うなら好かれたかったからだろうね。 でも、その子は食べないし、お金も受け取らなかったよ。ご飯は本当に外で食べているから食べられないのって。それから、お金はある程度持っているから心配しないで良いってね。 『ありがとう、あなた優しい人ね』 その子にニコッと笑って、きちんとお礼を言ってくれたんだ。あんな嬉しかった事はないよ。どうして人が心を開いてくれた瞬間ってのは、あんなに心地良い気分になるんだろうね。それが、綺麗な人なら尚更だ。本当に素晴らしい笑顔だったんだよ。 『いや、いいんだよ。探してる人が早く見つかると良いね』 そう言うと、その子はなんだか寂しそうに笑って頷いた。 その時の僕にはその子がどういう理由で人を探しているのか検討もつかなかった。 多分、三週間かそれぐらいだったかな。その子が僕の家に居たのは。何も無かったよ。何しろ一日のほとんどを外出しているし、僕も僕で仕事に出かけたりしていたからね。顔を合わすのも夜中だけさ、朝になればその子はもう出かけているしね。 そうだ、何の前触れも無く、最後の日は突然にやってきたんだよ。 その日、僕が仕事から帰ると、その子はもう帰ってきていてね。いつもは僕の方が早かったんだけど、珍しいなと思ったのを覚えてるよ。 『おかえり』 いつも部屋の隅っこでジッとしているその子が、部屋の真ん中で正座してるんだ。まるで僕を待っていたかのようにね。いや、実際待っていたんだと思う。 『どうしたの?なんだかかしこまって』 僕がそう言うと、彼女は紫色の眼をキラキラさせながら言った。笑っているように見えたけど、嬉しいとか楽しいとか、そういう感情で笑っているようには見えなかった。不思議な顔をしてた。 『長い間、住まわせてくれてありがとう。もうお別れ。最後にあなたに見て欲しい物があるの』 突然何を言い出すのかと思った。 僕は最初から最後まで、詳しい事情なんか本人から聞きたくなかった。なぜって、知れば知るほど面倒な事になる気がしてならなかったからだ。見て欲しい物があると言われた時は、少し身構えたね。そもそも何を見せてくるのか想像もできなかったし、これまで何も話さなかったのに急にそんな事を言うのも妙だ。 今日でお別れという言葉よりも、そっちの方がすごく重大な事のように聞こえたんだ。 『見て欲しいって、何をさ』 僕が言うと、その子は立ち上がった。 そして、信じられない事に服を脱ぎ出したんだよ。僕は咄嗟に『何してる、やめろ』と叫んだんだけど、心臓が色々な種類の鼓動を刻んでしまって、力ずくで止める事はできなかった。そりゃあ、目の前で女の子が服を脱ぐんだから、興奮もしたよ。 でも、肌を出したその子を見て、僕は血の気が引いた。なぜって、その子の身体、想像を絶するシロモノだったんだから。 どうしてこんな身体で平気でいられるのかってぐらい、傷だらけなんだよ。 いや、傷なんて生優しいもんじゃない。腕もお腹も胸も背中も、真っ白い皮膚が数十センチにも渡ってパックリ口を開いてて、中の真っ赤な肉が露出してる。身体中あちこちがそんな状態だった。 それだけじゃない。皮膚が割れていない所は、打ち砕かれたように青黒く変色していたり、熱したアイロンを押し付けたようにブクブクと膨れた火傷もあちこちに有った。 次にズボンを脱いだ。下半身も同様に、腰や太腿やふくらはぎ、あちこちが切り裂かれて中の赤身がガバと顔を出している。 全身が、そんな状態なんだ。真っ白な肌と赤の対比が、あまりにも痛々しくて、僕は激痛そのものを眼で見ているような気分だった。 『ど、どうしたのさ。それ』 僕は怯えていた。正直に行って、もうその子が正気に見えなかったんだよ。紫色の眼をキラキラ光らせて、普通の人なら痛みで気を失ってしまうような生傷を、微笑みながら見せてる姿。想像してみて欲しい。 『ねぇ、教えてよ。私を好きな人は見つかるかな。私こんな身体だけど、私を好きな人見つかるかな。ねぇ、教えて。私もうダメなのかなぁ。最後に教えてよ。あなた、優しい人だから、教えてくれるでしょ』 その子は傷を見せつけるように、二、三回くるくると踊るように回った。紫色の眼から涙をダラダラ流して、力なく笑いながら僕に質問した。そしてそのまま地面にへたり込んで、今度はシクシク泣き出したんだ。 僕はもう大慌てで、毛布を下着姿のその子にかけた。傷に触る気がしたけど、とりあえずそうするしかなかったんだ。 その怪我はなんなんだ、医者に行かなきゃダメだと言った。すると、その子は痛くも痒くも無いから大丈夫だと言うんだ。そんなわけないと言っても、泣きながら平気だとしか言わない。なぜそんな怪我をしているのかと聞いても、それは言えないと言う。それからは、泣くばかりだ。 無理やりにでも医者に連れていこうかと悩んでいると、少しだけ落ち着きを取り戻したその子が言った。 『ねぇ、教えてよ』 僕は気が動転してたし、その子の質問なんかどうでも良かった。けど、何度も教えて教えてと言うから、投げやり気味だったけど答えた。とにかく黙って欲しかったんだよ。 『見つかるだろうさ。でも、そんな事より医者に見てもらった方が良い。君はやめてくれと言うだろうけど、僕はこれから君を医者に連れて行くからね。こう言っては悪いけどさ、君は少し変なんだよ。何が有ってそうなったのか知らないけど、そんな状態のまま暮らしているなんて普通じゃないんだよ』 ひどい言い方をしたかなとも思うけど、その時はそれが精一杯だったな。 僕がそう言うと、その子はさっきまでの興奮した状態がウソみたいに落ち着いてしまってね、本当にわけがわからなかった。 『ありがとう、見つかるのね。分かった。病院には明日必ず行くから、今日はもう眠りたいの。約束するから、お願い』 なんだか霧がかかったような眼でそう言うんだ。その眼を見ると僕はそれ以上押し切る気も無くなってしまって、必ずだよと言って眠った。それがその子と話した最後になった。 翌朝、目が覚めたら、その子は居なくなってた。いや、朝居ないのはいつもの事だったんだけど、夜になっても帰ってこないし、次の日になっても帰ってこなかった。初めて会った時に座ってたベンチの所にも居ないし、近所も探したけど、結局見つからなかった。 本当に、それっきりさ。あんな怪我だらけの体で。 なぜ彼女は最後にあんな事をしたのか。 もしかしたら、僕に『それがどうしたの、君は綺麗だよ。僕が君を好きな人になってあげるからさ』なんて言って欲しかったのかなって、少し思ったね。 きっと何か不幸な目に遭って、ああいう姿になってしまったんだろう。誰でも良いから、自分の姿を晒しても受け入れてくれる人を探していたのかもしれない。自分を好きになってくれる人ってのは、そういう意味だったのかな。 傷を負い過ぎた人間ってのは自分を見せるのが難しい。あんな風にフラフラと彷徨うしか生きていく方法が無いのかもしれないなって、その時に思ったんだよ。 この話はこれでおしまいだ。 … 以下、塩崎霊左衛門著『現代妖怪図鑑』113ページより引用。 〜傷女(きずおんな)〜 全身に無数の傷を持つ若い女性の姿をした妖怪。 生前に多くの人に痛ぶられ、利用された少女の成れの果てである。 心に負った傷が身体に現れており、その傷は永久に塞がる事がなく、自身の血で真紅に染まった衣服を身に付けている。 人に害を与える事は無く、ただ自分を受け入れてくれる居場所を求めて町を彷徨っている。一人暮らしの男性の前に現れ、自分の傷を見せる事がある。男性が怯える姿を見ると、寂しそうにどこかへ消えてしまうと言われている。 なぜ見せるのか、その理由は分かっていないが、恐らく自分を理解して欲しいという願いからの行動なのだろう。 皮肉にも傷女にとっては忌まわしい傷こそが自分自身であり、生きていた証でもあるのだ。
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