五十音のへんな生き物図鑑
『そ』 ゾネ 後編

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

『ショウさん、敵かどうかは国が決める事です。あなたが判断できる事ではないと思うのですが』 『あなたは国が決めれば、誰でも構わず攻撃するのですか?自分で考えるという事もせずに』    先ほどまでの飄々した雰囲気が消え、ショウは威圧的な態度でテンを見つめていた。  その目は張り切った矢の先のように鋭く、テンの心と一本の線で繋がっているようだった。    これにはテンも驚いてしまった。  ショウには好印象を抱いていたが、テンは自分でも気が付かない心の底で、ショウの事を軽く見ていたからだ。  田舎者はのんきで、気ままで、怒るという事を知らず、社会の動きに疎く、都会の者より劣っていると無意識に思っていたのだ。  実際はそんなわけがない。ただ生き方が違うだけで、どこにどんな人でも居るのが世界の実態なのだ。  ショウは何も知らない無知な男などではなく、テンと同じぐらい頭が良く、芯を備えており、そして強い正義感を持っていた。 『そんな目で見ないで下さい。私は依頼されて来ただけなのですから』 『依頼されれば、間違った事もするのか。罪の無い人であろうと、その剣で斬るのか。それじゃあただの殺し屋だ』  ショウのあまりに自信に満ちた言い方に、テンも黙ってはいられなくなった。 『間違っているとなぜ分かるのです。これだから…』 『なぜ相手の立場で考えられない。これだから都の人間は』 『なんだって』 『あんた達はいつもそうだ。僕の祖先も都の人間に迫害されて、この土地に縛り付けられてきたんだ。自分達が強制的に連れて来たくせに』 『やっぱり君はゾネなんだな。君達が都の平和を乱したからだろう。余所者のくせに、大人しく生きるという事ができない連中は裁かれて当然じゃないか』 『やれやれ、ここまで頭が傾いてちゃ話にもならない。いいさ、あんたがそう言うならそうなんだろう。さぁ、もう出て行ってくれ。僕はあんたの敵なんだぜ。その剣を抜くなら、僕も同じ方法で対応しなきゃならない』  ショウは立ち上がって、衣装箪笥の中にしまっていた変わった形の刀を取り出し、ヒュン!と空を斬った。  テンはそれ以上何も言えず、逃げるようにショウの家を出た。  ショウもまた黙って椅子に座り、頭を抱えてしまった。  二人はこれ以上無い最悪の形で別れた。  最初から、テンはショウをゾネかと疑い、ショウはテンを都の人間だと疑っていた。  互いに印象の良かった二人だが、幼い頃から教えられてきた知識が根底には有った。  つまり、テンはショウを悪だと教わり、ショウはテンを悪だと教わってきた。  実際、この状況ではそれは本当だった。テンにとってショウは自分の仕事を妨害する敵だったし、ショウにとってテンは自分達を襲おうとやってきた敵に違いなかった。  ただ思っていた事が本当にそうだったというだけなのに、なぜか二人の心の奥底には言い表せない奇妙な罪悪感が有った。  間違った事など何も無いはず。けど、何かごく当たり前の事を視界の外に弾き出してしまっているような、そんな感覚だった。 『やはりゾネはここの連中だったのか。こんな恐ろしい所は早く出て行こう。もう、タウラとかいう娘も諦めよう。トクさんにはすまないが』  テンはショウの言葉を思い返し、彼を斬れなかった理由を考えながら、村から出て行った。    山道をとぼとぼ歩いていると、向こうからショウの妹が歩いて来るのが見えた。  テンは心臓がドキリと鳴り、思わず立ち止まってしまった。落ち葉の上を不思議な服装で歩いてくる娘が一瞬、とても恐ろしい存在に感じられたのだ。 『隠れるべきか…。いや、流石に相手は子どもなんだ。何を考えているんだ、俺は』  テンは何事もないように装い、ショウの妹に軽く手を振った。  ショウの妹もまた、テンに手を振って微笑んだ。   『用事は済んだのかい』 『はい。もうお帰りですか?探していた悪い人は、村にはいなかったでしょう?そんなの居るはずがないもの。私、はじめからそう思ってたんですよ』  ショウの妹は、邪気のない笑顔でそう言った。   『ああ、いなかったよ。協力してくれてありがとう。お兄さんと仲良くするんだよ。それじゃ』 『山の入り口まで送ります』  テンは断ったが、娘は構わず歩き始めた。  娘の無邪気な様子が、テンの良心に刺さる。ひどく欺いているような気持ちになり、自分が悪党になってしまったと思うのだった。  実際、ここの者にとってテンは悪党だった。  正義感の強いテンは、その気持ちがたまらなく辛かった。なぜ自分が悪者にならなければならないのか、その理由を考えながら歩いていた。  二人は並んで山を下りて行った。  テンは時々、後ろを確認しなければならなかった。ゾネオルバの人々が自分を追いかけては来ないかと怯えていた。  急ぎすぎては娘に怪しまれるし、あまりにゆっくりだと恐怖で震えてしまう。  テンは生まれて初めてそんな気持ちになっていた。  正しい事をしているという確固たる自覚がなければ、テンのような優しい人間は臆病にならざるを得ないのだ。  慣れた土地を出てしまえばこんなものなのかと、テンは情けない気持ちになった。守られている間は何も知らないのと同じなのだと、テンは実感した。 『ねぇ、君は大人になったら何になりたい』  テンはどうでも良い話でこの時間をやり過ごそうと思った。  ゾネの話や、ショウとどんな事を話したのかという話題になれば、どうしても具体的な内容に触れなければならない。  テンはもう、そんな事をしたくなかった。  何の罪も無い子どもに『お前達は私達の敵だ』などと宣告する。それがどんなに恐ろしい事か、考えるだけで身の毛がよだつのだった。   『大人になったら都に出て、歌唄いになるんです。今日もずっと練習していたんですよ。小さい時からの夢なんです』  娘の無垢な言葉が、テンを落ち着かせてくれた。  言葉の響きの中に何の不純物も含まれていない声というのは、こんなにも暖かい物なのだなとテンは思った。  先ほどのショウとのやりとりの後という事があって、娘の何気ない普通の言葉がとてもありがたかった。   『それはいい。目標を持って努力するというのは素晴らしい事だ。  でも、都に出るのは止した方が良いよ。  都には怖い人がたくさん居る。住んでいる場所が違うとか、あそこの人達は身分がどうとか、そういった事で他人を判断する人が居るからね。兄さんと、ずっとここで暮らしている方が良いよ』  テンはあまり都の事を悪く言いたくはなかった。  しかし、この娘には今思っている本当の事を言ってあげるべきだと思ったのだ。  すると、ショウの妹はまるで何も感じないと言う風にこう言った。 『私、そんなの気にしないんです。どうでもいいっていうか。  兄さんもたまにそう言うんですけど、昔の人はそういう事が大切だっただけで、今はそうじゃないでしょう。  それに私、都の友達もいるんですよ。さっきもその子と歌の練習をしてたんです』  テンはその言葉に、思わず立ち止まるほどの感銘を受けた。 『そうか、都に友達がいるのか』  テンが伝えたかった事を、娘は教えられるまでもなく分かっていたのだ。 『兄さん達が都を怖いと思うように、都の人もここが怖いと思うんです。怖がるから怖がられるんですよ。  ただ建物や服や食べ物が違うってだけで、何も変わらないのに。  そう思いませんでした?』 『ああ、その通りだ』  そしてテンは都へ帰った。  娘の名前を聞こうかと思ったが、やめておいた。 …  『トクさん、すまない。今回の仕事は失敗だった』 『まさかそんな』 『ゾネは、居なかったんですよ』 『なんですって?』 『居なかったんです。私には見つけられなかった』 『そうなのですか。国王もさぞ残念がるでしょうな。しかし、テンさんほどの人が見つけられないと言うのですから、仕方がないのかもしれませんね』 『そう言ってくれると気持ちが楽になります、ありがとう』 『いえいえ。それじゃ、私はこれで』  トクはひどく悲しそうな様子で帰って行った。   終          

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません