田畑門介氏(31・漁師)が、故郷の海で遭遇したという謎の生命体、それがイズーである。 田畑氏の証言によると、満月の夜に趣味のクルージングに興じていた所、突如として海中から見た事もない生き物が浮上し、ボートに乗り込んで来たのだという。 『驚いたなんてもんじゃないよ』 田畑氏はロックアイスを浮かべたウイスキーを啜りながら、当時を振り返る。 『ザバーと何かが海面を破る音がして、私は大きな魚が船の側で跳ねたのかと思った。しかし、それは違ったんだ。見に行くと、大人ほどの大きさの何かがボートのヘリに手をかけて乗り込んで来ようとしていたのだよ』 ウイスキーをクイッと飲み干して、また注いで、あっという間にそれも飲み干した。少々、ペースが早いのではと思うぐらい飲んでいる。 『ハハハ、私は飲みながら話すぐらいが丁度良いのですよ。安心して下さい。そうだ、あなたも良かったらどうです?え?要らない?そうですか』 顔が赤みを帯びてきた田畑氏。ウイスキーを口に近づけながら、話を続けた。 『それはどう見ても人間では無い生き物でした。えー、全身が木の様な繊維質に覆われていて、色はこげ茶色。あちこちに泥とか海藻とかゴミの切れ端みたいな物がくっついていて、何とも不気味な姿でしたよ』 そう言うと田畑氏は目を細めながらウイスキーを口元に持ってゆき、飲むのかと思えば飲まず、話すのかと思えばグラスを口元に持って行くを繰り返した。 仕方がないので自発的に話してもらう事を諦め、こちらからの質疑応答の形で取材を続けさせてもらう事にした。そう伝えると田畑氏は、 『分かった分かった、話しますよ。せっかちなんだからなぁー、もー。いひひ』 と言って、突然饒舌にイズーについて話し出すのだった。 『私は漁師だからね。船には漁の道具が有る。イズーが現れた時、私は咄嗟に銛を取りに走った。何かわけの分からない化物が船に上がってきた!と瞬時に判断したわけだ。そして、銛をヤツに向けて構え、こう言ったんだ。「何だお前は!」とね。ヒック、ほんとに飲まない?』 田畑氏の喉をウイスキーが熱く走り抜ける度に、話も熱を帯びていくのが感じられた。 『イズーは、そうそう、そのイズーは。何て言うのかなー。ああそうだ、言ったんだよ。 「よくも俺を捨てたな、お前達が。俺はゴミになってしまった。ゴミと腐った死肉、一緒くたになって、俺は」 なんて、わけの分からん事をね。だから俺も言ったわけよ。「何を意味不明な事を言っとる!すぐに出てゆけ!」と』 真っ赤な顔で澱んだ目を見開く田畑氏の形相。話の不気味さよりも田畑氏そのものにゾッとする。私がゾッとしているのに気を良くしたのか、田畑氏はニヤリと笑うとウイスキーをグイイ!と飲み干し、続けた。 『イズーは、えー、俺の言う事に何も反応を示さず、ゆっくりと!こ、こちらにっ、近付いて来た。へへ、それで。何だっけ?あ!そうだ!こちらから何もしていないのに、ヒック、イズーの体のあちこちが裂けだしたんです。そして、ですね、その裂け目から血のような液体がバシャバシャと噴き出して…。俺はね、その不気味さに肝を、肝を、肝を冷やした!』 今は肝よりも頭を冷やすべきだが、イズーの挙動が恐ろしいのは確かだ。もう取材を取り止めにしたい気持ちを抑え、田畑氏にそれでどうなったのか教えてくれと言った。 『ウイスキー飲まない?何?酒は良いから話を続けろ?あ、そう。ふわぁ〜、良い感じだ。そう!驚いた俺はイズーに言った!「お、お前は一体何なんだ!」と。す、すると、イズーはフラフラ歩いたかと思うと、甲板にぶっ倒れたんだ。そして、そしてっ… 「悔しい…」 と、だけ言ってそのまま動かなくなっちまったんだ。ね、変でしょ?さぁ、乾杯!あれ、あんたの酒は?何?車で来てるから飲めないだと?ケッ、グイイ』 田畑氏はそのままイズーの死骸を生簀に入れて持って帰り、仲間の漁師に見せた。 しかし、誰もこんな生き物は知らないと言うし、おまけに年長の漁師に『何か災いの前兆では』などと言われて気味が悪くなったので、田畑氏は記念にイズーをスマホで撮影し、そのまま海に捨ててしまったそうだ。 イズーとは一体何なのだろうか。酔い潰れた田畑氏、彼が遭遇した異形の生物。その答えは彼が飲み干したロックグラスの中に有るのかもしれない。 筆者 御堂ゆずる
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