あのエルドラ=マルコ氏が惑星アクオデルタで遭遇したのがケリオールだ。 マルコ氏は(株)竹田宇宙開拓の下請けという立場で惑星アクオデルタを訪れていたのだが、不幸にも調査ポッドが不時着のショックで破損してしまう。 もちろん、スタッフのアンドロイド達もポッドと記憶や意識を共有しているので機能を停止しているし、マルコ氏はいつものように単独でのサバイバルを余儀無くされた。 オルゾ銀河に浮かぶ惑星アクオデルタは、全体90%を占める豊富な水分が特徴の惑星だ。 核を取り巻く超速度の大気の流れの上に凍結した海がグライダーのように浮いており、太陽との奇跡的な距離によって誕生した植物や生物も、その浮遊した氷の島々の上で生きているのである。 もちろん、島から落ちれば死は免れない。まるで危ない天国のような場所なのだ。 当時の状況を、マルコ氏本人に話してもらった。 『金輪際、アンドロイドのスタッフとは同行しないと決心しましたね。そりゃあ、元請け側からすれば人件費のかからないアンドロイドは都合が良いでしょう。彼らは道具やパソコンのような扱いですから、報酬も契約書も保険も必要ありませんしね。ですが、一緒に行かされる側はたまったもんじゃないですよ。なにせ、ポッドが故障したら全員もれなく欠勤なんですから。バイザーを砂嵐にして、うんともすんとも言わない。おまけに彼らのレンタル料や修理代も私の報酬から差し引くってんだから。退屈な道中にポーカーができるってわけでもないのに』 マルコ氏は怒っていた。宇宙開拓事業の闇を垣間見つつ、本題に入ってもらう。 『地球からアクオデルタまで8600万光年ですから、レスキューが到着するまで少なくとも二週間はアクオデルタで生活しなければなりませんでした。ポッドには食料や飲料水が保存されている倉庫が有ったのですが、最悪な事に吹っ飛んだアンドロイド達が丁度その倉庫のハッチの上で重なり合って機能停止していたのです。彼らの重量は人間の手ではとても動かせません。私は絶望感に苛まれましたが、落ち込んでいても仕方がないので、生きる為の行動を開始したのです』 マルコ氏はアクオデルタの地に降り立った。足元はとても冷たいが上半身は南国のように暖かい、アクオデルタ特有の寒暖の境に彼は居た。就寝の際はとても辛かった事だろう。 『まずは水です。二週間程度なら、水さえあれば死ぬ事はないですからね。幸運にもこれはいくらでも手に入りました、なにせアクオデルタは島そのものが氷で出来ているのですから。ハンマーで地面を割って抉り取り、それを高い位置に置いておけば溶けて水になります。後はアクアクリーナーに入れれば飲み水には困りません。しかし、それだけではいけません。私はこれでもプロの冒険家ですからね。危機に陥った時、可能な限り快適な暮らしをしてみせるのが私の流儀なのです。次は食料を探してみようと思いました。住居はポッドが有るし、二週間のキャンプを楽しむ気持ちで遠征に出かけました。焦らない事、絶望しない事、状況を楽しむ事。それが冒険家として生き残る為に必要な考え方だと私は思っているのです』 さっきまで元請けとアンドロイドへの文句ばかり言っていたと思ったら、突然真っ当な事を言い始めたマルコ氏。彼の気分の変わり方は惑星アクオデルタの寒暖の境のように明確だった。 『アクオデルタは島から下を覗けば、果てしない闇と絶え間なく放電する凶暴な冷気が渦巻く地獄そのものですが、島の上はカラフルな陸生イソギンチャクやサンゴのような木がゆらゆら踊っていて、どちらかと言えば南国的で平和な雰囲気の過ごし易い所でした。長い毛が邪魔であまり美味しくはなかったですが、ノロマな陸生アメフラシだの桃色のナマコだの、食べられる生き物も簡単に狩る事ができましたし。私は一時安心してレスキューを待っていました。しかし、それで終わりではありません。惑星アクオデルタにはケリオールという特異な生物が住んでいたのです。ケリオールについて話しましょう』 マルコ氏は冒険に出る度に未知の生物と遭遇し災難に遭うという摩訶不思議な体質の持ち主である。ケリオールとは一体どんな生き物なのだろうか。 お茶の入ったグラスを持つ手が震え、冷や汗をかくマルコ氏。やはりこうでなくてはマルコ氏にインタビューをしているという気分にならない。 『アクオデルタはさっき話した通り、島の上は凶暴な生き物もおらず、風景も雪国と南国を混ぜ合わせたような美しく平和な星なのですが、島の下は文字通りの地獄が広がっています。何もかも凍らせてしまうような極冷の吹雪と日本刀のような氷塊が永久的速度の渦を駆け巡り、その強大なエネルギーが弾き出す紫色の電流があちらこちらで竜のように唸り叫んでいる。こんな所に落ちたらバラバラに千切られて即死だと一目で分かる光景です。しかしです、私はその中を泳ぐように移動している何かをハッキリと見た。それがケリオールなのです。ケリオールは大陸規模の想像を絶する巨体を持ったアンコウのような生物で、氷の刃や電流を物ともせずに暗闇の中を泳いでいたのです。いや、水中ではないから浮遊していると言うべきですか。しかし、身体をゆっくりとくねらせながら闇の中を進む様は、泳いでいるようにしか見えませんでした。得体の知れない巨大な何かが足元に潜んでいる、私は恐怖に打ちのめされ、腰が抜け、這いずりながらポッドに逃げ帰って震えました。あんな恐怖は味わった事がありません。例えるなら、深海で船を飲むようなサメに遭遇したのを想像してみて下さい』 彼が心に負った恐怖という名の傷は相当深いらしく、今でも底知れない暗闇や深海での調査は尻込みしてしまうらしい。 『あの規格外の怪物が気まぐれに浮上して来たら、最早どうする事もできません。私は、逃げ場の無い不安に襲われました。しかし、ここは逆の発想で自分を奮い立たせるしか無いとも思ったのです。こういう場合、ただ怯えていては元気を失うばかりです。幸いにも、私は仕事でアクオデルタを訪れていたわけですから、調査と記録というやるべき事が有りました。あの恐ろしい生き物を可能な限り観測し、データを取らなければならない。何か目的を持って取組むという行為は、恐怖や不安を忘れさせてくれます。私は恐る恐る、もう一度同じ場所から下界を覗き込みました。すると、ケリオールは私に気が付いていたらしく、遥か下の方で獲物に狙いを定めるウツボのように私を見ていたのです。その顔のおぞましさといったら、どんな悪魔や怪物でも敵わないでしょう。感情など欠片ほども感じない黒い目。大きく裂けて笑みを浮かべているような口の中は、夜の闇など比較にならない不吉な引力に満ちていました。そんな生き物が氷といなずまの嵐の中で微動だにせずこちらを見つめているのです。私はなんとか写真だけを撮影して、それ以上はケリオールを刺激しないように努めました。しかし、ケリオールは私を見過ごしてはくれませんでした。彼を見つけてしまった事、ひいてはアクオデルタにやって来た事自体が失敗だったのです』 惑星の核周辺を住処とする魚のような生物、ケリオール。マルコ氏の紡ぎ出す言葉はその恐ろしさをリアルに伝えてくれた。 『ケリオールは両生類か深海魚のようなおよそ知性的とは思えない醜悪な外見に反して、人間と同等かそれ以上の知能と異常な超能力を持っていました。ケリオールは間違いなく私を認知していましたが、浮上して襲いかかって来るような事はせずテレパシーのような方法でコンタクトをとってきたのです。私はこれまで何度も未確認生物と接触し、テレパシーでコミュニケーションを取らされた事がありますが、ケリオールが用いた方法はかつて味わったどんな催眠術やテレパシーより一方的で強姦じみていました。ケリオールはまず、私の脳内に恐怖を具体化した思念を送り込んできたのです。私の場合はこういうビジョンでした』 マルコ氏は青ざめながら、ケリオールに見せられた恐怖のビジョンを説明してくれた。その人が最も恐怖するであろう幻覚を見せ、精神的に追い詰めるのだという。 『辺りは干からびた砂漠、その中にポツンと立っているコンクリートのハイツ。私はその二階に居て、無能が原因で仕事を失い他人に笑われている妄想に取り憑かれている。何の希望も目的も無いまま、自慰と鎮痛剤で命と魂を削り落とし、好きだったオルゴールやレコードも死んだ。やがて朝が落ちてくる。夜に隠れていた私を暴きに金髪の神がやってくる。その時、地平線の彼方から真正雑食の蟹どもが2億の軍勢で津波のように押し寄せて来る。ガチャガチャという壊れていくような音を立てて、蟹は私を探している。ごめんなさい、ごめんなさいと標的も無く叫ぶ私。その時、窓よりも砂漠よりも蟹の津波よりも遥か彼方で、とてつもない光が炸裂する。原爆だ。一番怖かったのはそれだった。蟹も砂も住居も私も、精液と反吐と糞尿で濡れたベッドと一緒に焼き尽くされる。放射線の矢で染色体を射抜かれる。まるで何もかもその為に有ったとばかりに黒焦げになり、私はたった一人で意味も無く一欠片のかさぶたになった』 マルコ氏は詩人のようにそれを言い合えると深い息を吐いた。まるで意味不明な内容だったが、どこか不気味で気味が悪く、マルコ氏がこれを体験させられたと思うと彼の打ちのめされ具合も分かる気がした。 『ケリオールが送り込んでくる思念の暴力によって頭の中を掻き回された私は、激しい頭痛と吐気と下痢に襲われました。それはもう動けないほどの症状です。なんとか這うようにしてポッドに戻り、薬を服用して立ち上がれるようになると、今度は別のテレパシーを送ってきたのです。それはケリオールが拷問によって私から知を奪い取るという物でした。私は逆さの宙吊りにされて、巨大な手で体を握られている状態になっているのです。その手は凄まじい力で私を握りました、まるで牛の乳を搾るように足元から波をかけて。すると鼻や口から、私の記憶や考えがゴボゴボと出てくる。恐怖と苦痛から目を強く閉じていた私ですが、体内からの圧力で目が飛び出しそうになり瞼を開いてしまう。地面に目をやると、ケリオールが大きな口を開けて、私から搾り出した液状の記憶を美味しそうに飲んでいたのです。そんな地獄がどれほど続いたのか、私は三十二年の人生を吐き切り、とうとう何も出なくなりました。すると巨大な手は力を緩め、私は地面に落下し、辺りはポッドの中の風景に戻ったのです。自分の全てをケリオールに奪われたと思うと、屈辱と恐怖で涙を流してしまいました』 壮絶な拷問によって、マルコ氏の記憶を飲み込んだケリオール。何の為にそんな事をするのか、そもそもケリオールとは何なのか、マルコ氏は自分の体験から仮説を立てて話してくれた。 『体力も気力も失った私はレスキューが来るまでポッドで寝込み、ずっとケリオールについて考えていましたが、ケリオールとはアクオデルタそのものなのではないかと考えるに至りました。惑星とは物質であり、生き物とはそこに居住する家と住人の関係だと思っていましたが、そうとも限らないのです。ケリオールが宇宙に誕生し、彼がアクオデルタを生み出した。所謂、家が先か大工が先かの謎ですね。ケリオールは天体的な生物であり、惑星という括りでありながら世界中のエネルギー保持者が行っている成長と進化というテーマを、生物の特徴である能動性をもって行っているのです。あの強力な大気の流れと放電現象は、自然現象ではなく、ケリオールの運動によって引き起こされていると私は考えます。それによって氷の島を作り、電気の刺激によってケリオールの剥がれ落ちた体細胞を生き物に進化させてきた。外敵を襲い、何かを奪うのも惑星の特徴です。私達の地球も、やって来た異星人を人間という兵を用いて倒し、多くの知識や技能を勝ち取りました。ケリオールも私から知を勝ち取ったのです。それと同じです。惑星は自分を守る性質、自分を成長させる成長、戦う性質を持っていると、あの時の旅で分かりましたよ』 ケリオールとはアクオデルタであり、彼は惑星が自然的成長を用いて行っている進化・防衛を、運動や自身の攻撃によって行う生物惑星だったのである。マルコ氏の仮説は大きな説得力を持っていた。宇宙は広く、未知溢れている。そのような星が有る事も、なんら不思議ではないのかもしれない。 余談だが、マルコ氏は死ぬほどの恐怖や苦痛を味わいながらも、たった一人で調査をやり遂げたと私は思う。役立たずのアンドロイド達の補償金を報酬から天引きするというのは、あまりに酷いのではないだろうか。 宇宙開拓事業契約基準の見直しは必要なのではないかと思った。 以下はマルコ氏が執筆し、月刊少年ギャラクシーに掲載されたケリオールに関する文献である。 ・惑星とは何か・ やぁ!みんな😃 命知らずのマルコ先生がお送りする、🚀壮絶!銀河解剖伝説🚀の時間だ! ところで、みんなは惑星🪐を『石が宇宙に浮いてるやつ』なんて思ってはいないか?惜しいが、それは間違いだ! 正しくは『意思が宇宙に浮いてるやつ』なんだよ✨ 惑星には大きく分けて二ついる。それは、エネルギーを使って進化しようと頑張るやつ☀️と、何もしないでボンヤリ怠けてばかりいるやつ♨️だ。僕達人間とおんなじだね! 惑星は、例えるなら生きた家みたいな物だ。宇宙にはとてつもなく大きな家がポツンポツン🏠🌌🏠🌌🏠と有るんだと考えてみるといい。 頑張り屋の家は住んでいる人を使って自分を守り、大きくしようとする。他の家の人に攻撃💣されたら人👮や犬🐕🦺やセキュリティ🎥や赤外線センサー🟥を使って守ろうとするし、壊れたら人を使って治す🛠だろう?それと同じさ。 怠け物の家はそんな事もしないで、雨風野盗の好き放題。あっという間に朽ち果てて、何も居ない死の星になってしまう。そんな所には誰も行かないから進化もしようがないんだ。 君達も怠けてばかりいると、朽ち果てて人が寄り付かなくなってしまうから気をつけるんだよ!手遅れになる前に行動しようね。 つまり『自分を成長させよう』とか『自分なんてどうでもいいよ』とかいう意思とエネルギーを持ち、尚且つ宇宙に浮かぶ巨大な存在が惑星って事なんだ、分かったかい?勉強になったね!😉 中には、生物そのものの体を成した惑星だって有る。そうさ、太陽との距離感を利用し、自分の周囲に運動によって環境を作ってしまえば、生き物だって惑星になってしまうんだ💦 物質(砂や土や石)でできた惑星との違いは、その生き物が自分で何かを決めて行動できる事にある。 例えば、異星人がやってきて惑星を我が物にしようとした場合、物質の惑星では自分で作った防衛手段(人や武器や、津波・地震などの災害)を利用するのがほとんどなんだけど、生物の惑星では惑星そのものが牙を剥いて襲いかかってくるんだ。逃げ場の無い場所で天体的大きさの生き物に襲われたらと思うと、ものすごーく怖いよね!ほんと怖いんだよ。 もうページ📕がいっぱいになってきたから、今月はここまでとしよう! 最後に今回のおさらいだ✏️ ・惑星とは意思を持った宇宙の家🏠 ・惑星とは物質とは限らない、生き物も惑星になりえる🐟 ・惑星は自分を守ろうとする。他の惑星に行った時は、どんな方法であれ攻撃されると思った方が良い🪖 ・惑星調査の際は安全を最優先し、十分な支度を整えて向かう事。特にアンドロイドのスタッフは故障してしまうと大変な事になるので、気をつける事🤖 以上だ!😃 え?なんでこんな事が分かるのかって? それはね、君も他の惑星に行って、恐ろしい目に遭えば分かってもらえると思うよ。 さぁ、次のページからは、リトラ=コルベスキー先生の『初恋💞コロニー』を楽しんでくれ!👋 ばいばーい!
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