五十音のへんな生き物図鑑
『あ』アジョラロ

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 あのエルドラ=マルコ氏がギロン大陸に初めて上陸した際に遭遇した未知の生物、それがアジョラロである。  赤い立髪、黄色と紫の奇抜な体毛もさる事ながら、それ以上に特筆すべき特徴が有る。それはシカのように華奢な四肢を持ちながら、丸い胴体を持ち、オランウータンのような長い腕が生えている。  分かりやすく例えるならば、ナスビに割り箸を突き刺した馬に、赤いモヒカンを生やして、黄色い水玉模様を描き、両サイドにオランウータンの腕を取り付けた物だ。  アジョラロは歩行用の4本足で素早く移動し、作業用の手でマルコ氏に攻撃しようとしたという。    マルコ氏は当時を振り返り、こうコメントを残している。 『全くもって驚きでした。危険な生物はいないと聞いていたから引き受けた仕事だったのに。あんなモンスターが生息しているなんてね。思えば私も最初に疑うべきでしたよ「誰も行った事がない島なのに、どうして危険な生物はいないと知っているんだい」とね。』  マルコ氏がサバイバルナイフで反撃すると、傷を負ったアジョラロは『ウワー』と、まるで人間のような悲鳴を上げて、森の中へ逃げ去ったという。 『私は底知れない恐怖と共に、好奇心に囚われてしまいました。あの生き物は一体なんなんだろう、と。動物図鑑が少年の頃から愛読書の私ですが、あんな生き物は見た事が有りません。気付いた時には調査用のカメラもノートも忘れ、おまけに護身用のナイフやピストルもその場に落として、それに気づかずアジョラロを追って森の中へと入っていたのです』  マルコ氏の行動は迂闊過ぎると言わざるを得ないが、それぐらいの度胸と向こう見ずさが無ければ探検家は務まらないのかもしれない。そのまま彼は森の奥へと進み、衝撃的な光景を目にしている。  なんとアジョラロはそこで村を形成し、独自の文明を築いていたのである。想像してみて欲しい、そこら中を走り回るまだら模様の割り箸ナスビ、木造の小屋。  マルコ氏はその時の衝撃を後にこう語っている。 『想像もしていなかったね。まさか6本の手足を持つモヒカンナスビが村を作って暮らしているなんて。私は一瞬、夢でも見ているのかと思いました。しかし、これは現実だとすぐに分かりました。なぜかって?アジョラロにすぐさま捉えられて、壮絶な暴力を加えられたからです。夢なら痛みを感じないでしょう。見て下さい、この腕の傷を。こっちの太もも、ほら背中にも…』  全身に刻まれた痛々しい傷痕の数々が、アジョラロの凶暴性を物語っていた。というか、マルコ氏の軽率さが痛々しく、傷を見れば見るほど自業自得だよと思うばかりであった。 『私への暴力は凄惨を極めました。彼らは手の中に収めている草刈り鎌ほどある鋭いかぎ爪をニュルリと露出させ、無慈悲に私を切り付けたのです、それも何度も。私は痛みと出血で意識を失う寸前でした。しかし、しばらくするとアジョラロの女王が現れ、私を助けてくれたのです。アジョラロは群の中にリーダーを作り、その命令に従うという社会性をも備えた生き物だったのですよ』  ズタズタにされながらも、間一髪の所で女王に救われた。その後、わけが分からない内に女王の宮殿へと通されたマルコ氏は、信じがたい事に女王と言語によるコミュニケーションを取る事に成功する。 『アジョラロの声帯は襟巻き状のヒダの裏側に8つ存在しています。彼らはその8つのブラスを巧みに操り、様々な種類の動物の鳴き声を使い分けるのです。これは所謂、擬態なのです。つまり、カメレオンやコウイカが環境に合わせて自らの体色を変化させるように、アジョラロは対象の生き物に意思伝達が可能な鳴き声を作り出して語りかけるという、声を擬態させる能力を持っていたのです。さすがに人語のような複雑な意味を持つ声を奏でるには相当秀でた奏者でなければ難しいらしく、それが出来たのは女王だけでしたが』    マルコ氏曰く、アジョラロは格差・知能差が顕著な生き物であり、女王をはじめとした『ダーブ(王族)』は争いを好まず比較的温和で、テリトリーに侵入した自分にも寛容な態度で接してくれたという。しかし、ダーブの下に位置する『ゾイド(戦士)』や『アブスチヤナ(役人)』は知能はある程度高いものの会話はままならず、極めて好戦的かつ排他的で、マルコ氏を見つけると青く冷たい眼で睨み、何か怪しい動きをしたら即座に斬るという処刑者じみた気配すら漂わせていたらしい。これにはさすがのマルコ氏も肝を冷やし、なるべく女王の近くを離れないよう努めたそうだ。  また、その下の最下層に位置する『ヌッフ(畜生)』に至っては、野生の肉食獣となんら変わらない危険な存在だとマルコ氏は語っている。 『何もかも驚きの連続でしたが、何より驚いたのは彼らの格差です。ここまで話した通り、アジョラロは人間と同じように、同種で文明を築いているのですが、その暮らしはカーストで明確に違っているのです。ダーブは石を積んで作られた宮殿に住んでおり、その下の一般階級の者は木を組み合わせた小屋に住んでいる。最下層のヌッフは家など無く、野晒しのまま寝起きし、食事も他の者が打ち捨てた廃棄物等を食べていたのです。それすら無い時は、通りすがりの同胞に襲い掛かり強い者が弱い者を殺して食べていました。人間並の社会を形成していながら弱肉強食の世界を内包していたのです』  人間にも格差は有るものの、『一応、ザッと見た目は平等にしておこうという』という雰囲気を感じない事も無い気がすると思うのだが、アジョラロにそんなうすもやの配慮は無く、明確に暮らしのクオリティを分けているのだ。 『私はアジョラロの生態を調査しながら女王の宮殿に1ヶ月ほど滞在しました。食事がナスの漬物のような物ばかり続くのは気になりましたが、それでも無人島でサバイバルをする事に比べれば快適でした。そして、ある時女王が不思議な事を言ったのです』  マルコ氏が用紙もカメラも無しで1ヶ月もの間どのように調査を記録していたのか気になったものの、それをこのタイミングで気にするのは野暮というもの。  以下はマルコ氏の記憶を頼りに、当時のマルコ氏と女王のやりとりを書き起こしたというテキストである。 『マルコ、あなたはこの島の外から来た。私はあなたに危害を加えるつもりは無い、その代わりに一つだけ私に教えて欲しいのだ』 『なんでしょう』 『外の世界とは、どうなっているのですか。私はここで産まれて、ずっとここで女王として生きているので、他の所を何も知りません。知りたいのです、教えて下さいマルコ』 『簡単に言うのは難しいですが、可能な限りお答えしましょう。この国(ギロン大陸)を1ナスビとするならば、世界は250ナスビです。世界はとても広くて色々な物が有るのですが、その全てを私はまだ知りませんが、頭に浮かぶ物をいくつか言いましょう。まず、茄子です。これは秋は決して妻に食べさせてはいけない決まりになっています。食べさせたら罰せられます。それほど位が高い神聖な野菜なのです。それから精霊馬という、ナスに手足が生えた馬のような幻獣がいます。これは死者の魂があの世とこの世を行き来する為に跨る存在と言われているのですが、私は信じておりませんでした。しかし、今は本当にいるのでは無いかと思っています。それから…』  テキストから当時のマルコ氏の錯乱気味の精神状態が読み取れた。それもそのはず、人ではない存在が闊歩する中、たった一人でまともな神経を保つのは不可能なのかもしれない。    原稿が足りなくなってきたので今回はここまでにしておこう。マルコ氏がどのようにアジョラロの村から生還したのか、それは次の機会が有れば。 ・筆者 御堂ゆずる  

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