当時小学二年生だった麦崎半太君が遠足中に行方不明になる事件があった。 半太君は通っている小学校の遠足に参加し、狼山という地元の名所にもなっている山を訪れていた時に行方不明になってしまった。 発見されたのは一ヶ月後、事件は解決したものの、犯人を含めその実態は謎に包まれている。 詳しい経緯を、半太君を発見した地元捜索隊員の竜崎マサヤ氏に話してもらった。 『信じられない事件でした。狼山は地元の住民さん達や旅行客に賑わう観光地です。見通しも良く、小学校の先生方が大勢居た事もあって、低学年の男の子が山中に迷い込むという事は考えにくかったのです』 竜崎氏は『児童が行方不明になった。山中に迷い込んだと思われる』との通報を受け、仲間の捜索隊と共に狼山をくまなく捜索した。しかし、とうとう半太君は見つからず、捜索をふもとの町と狼山周辺の区域へと移行していった。 『二週間が過ぎました。私達と学校関係者の方、半太君の両親、地元の有志の方と協力して捜索を続けましたが、半太君は見つかりませんでした。そこで私は何か手がかりが無いかと思い、半太君と同じクラスの子ども達を訪ね、話を聞いてみる事にしたのです。半太君の様子や発言に何かおかしな所は無かったかと。けれど、残念ながらヒントになるような有益な情報は得られませんでした。ですが、半太君と同じクラスの女の子が話してくれた中に、一つだけ妙に気になった話が有りました』 …半太君が失踪する直前の昼食の時間、お弁当のおにぎりをわざと地面に落として、サッカーボールのように蹴って遊んでいた… 『その女の子は、半太君はおにぎりをおもちゃにしたから、おにぎり鬼に連れていかれたのだと言いました』 おにぎり鬼とは、狼山に伝わる昔話に登場する妖怪である。 その昔、狼山のふもとにはひどく貧しい村があった。作物が育たない土地なのでお米が大変な貴重品であり、村人達は滅多に口にする事ができなかった。さらに、獣は山の神の化身だという言い伝えが有った為、狩りをして食材にするという事も御法度になっていた。 そんな環境で人々がどうやって命を繋いでいたのかというと、野草や木の根を食べていたのである。 もちろん、病に倒れたり栄養失調で動けなくなる者もたくさん居た。死ぬぐらいなら村を捨てるなり肉を食べれば良いのにと思うかもしれないが、大昔は育った土地を離れたり信仰を破る事は死よりも恐ろしい事だったのだ。 特に赤ん坊がよく死んだ。妊娠中に栄養失調で母親ごと死ぬ、十分な栄養が受け取れず母親のお腹の中で死ぬ、産まれてすぐ死ぬ、産まれても母乳がもらえず死ぬ。とにかく、赤ん坊が死んだ。 死んだ子ども達は、狼山に葬られた。山の神である獣達に捧げる、供物としてである。大昔、この辺りにはそういう風習が当たり前に行われていたのだ。 では、いつからなぜその恐ろしい風習が無くなったのか。 文献によって詳細は異なるが、伝承や昔話に詳しい佐賀洲亀之助氏の『ご当地モンスター2001』のテキストから抜粋する。 … 長は亡くなった赤ん坊の肉片や、血染めの未熟児が入った笹の袋を山の中へ葬った。手は脂肪や血でヌルヌルと滑り、その匂いが身体に染み付いている。土の上に転がった物体はピクリとも動かない。 かわいそうだなとは思っているが、それは思っているだけで、心から感じているわけではない。我々がテレビで他国の戦争や飢餓に苦しむ子どもを見ても何もしないのと同じで、長も大した事だとは思っていなかった。 それは『異常な普通』となって村の人々の心を支配している信仰の賜物だった。 そんな事よりも腹一杯何かが食べたいなと思うのだった。長は仕事が済んだので村に帰ろうとした、すると山道に知らない男が立っているのを見つける。長は、こんな所に自分以外の人間が来るなんて妙だなと思った。しかし、早く帰って木の根の茹でた物を食べなければいけなかったので、黙って通り過ぎようと歩いていくと、男は長を呼び止めて話しかけてきた。 男はある寺で修行をしている僧侶で、名を世判と名乗った。世判はふもとの村の風習を噂として聞き、真偽を確かめる為にやってきたのだと言う。長から、それは本当だと聞くと、世判は山の方向を向いて念仏を3回唱えてから、長をジッと見つめて行った。 『私は、赤ん坊が早くして亡くなってしまうのがあなた方の仕業だと言うのではない。しかし、その遺体を山中にゴミのように打ち捨てて獣にくれてやるのはあまりに酷い仕打では無いだろうか。それでは赤ん坊も、獣に喰われる為に産まれて来たような物だ。せめて、大人と同じように葬式を執り行い、あの世への旅のお弁当にと小さなおにぎりを添えて、静かに葬ってやってくれないだろうか』 長は、即座にそれはできないと答えた。なぜなら、おにぎりを死んだ子どもと共に捨てるなど、長にとっては有り得ない考えだったからである。ただでさえ滅多に食べられない米を死体に持たせるなど、それこそ天罰が下るだろうと言った。 やがて、帰りの遅い長を心配した村の集は、長を探しに山へやって来た。すると、山道から少し藪の中へ入った所に、奇妙な赤い塊が転がっており、そこへ山犬やカラスが集まっているのを見つける。 村の集はそれを見て戦慄した。それは、巨大な生肉のおにぎりだったのである。しかも、海苔の代わりに、長が身に付けていた着物が貼り付けてあった。 獣達はその人肉の塊を美味そうにつつき、辺りを血と脂で濡らしていたのである。 一体どうすれば人間をこんな塊に握り潰す事ができるのかと村の集が腰を抜かしていると、藪の奥の暗闇から、まるで赤ん坊が笑っているような声が聞こえてきた。それは一つではなく、無数の赤ん坊が一斉に笑っているような合唱だったそうだ。 この一件から、村では『赤ん坊を山に捨てると、おにぎり鬼となって、村人を自分達と同じ、獣のエサにしてしまう。これからは亡くなった赤ん坊もきちんと弔い、人間として扱おう』という、認識が生まれたという。 … 亀之助氏の文献によるおにぎり鬼の伝承は以上である。 『もちろんおとぎ話に登場するおにぎり鬼が犯人だなんて思いませんでしたが、私は山の祠におにぎりをお供えしました。願掛けとでも言いましょうか』 竜崎氏が祠におにぎりを供えてから一週間後、つまり捜索が始まって一ヶ月後に、半太君は発見された。迷宮入りして事件は、実にあっけなく解決したのである。 発見された半太君は健康状態も問題も怪我も衣服の乱れなども無く、本当に一ヶ月も失踪していたのかと思うほどだった。皆が半太君に、これまでどこでどうしていたのかと尋ねると、 『よく覚えていない。ただ、辺りが真っ赤なとても怖い所で、誰かが助けてくれるのを待っていた』 と、だけ答えた。 筆者・序網 透
コメントはまだありません