僕らは風に吹かれて
春に鳴る音 -8(2)

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 僕は家に帰って、昨日まとめて撮った服をインスタグラムに一つあげた。ライブの三日間の間に着ていた服をもう一度着て、マンションの下で撮ったのだ。  写真の上とキャプションには、服のブランドのタグと、バンド名も付けて投稿する。僕が投稿するたびに少なくとも五万人のフォロワーが、ノベルコードというバンド名をファッションと合わせて目にすることになる。バンドの宣伝にも、確実になる。  ツイッターやインスタグラムには、今までとは違う形のリアクションがいくつも来ていた。ファッションが好きな人と、バンドが好きな人は違う。「湊くんかっこいいです」「この組み合わせ似合ってます」といったコメントが増えて、僕の着ている服の情報ではなく、僕自身を見られているみたいで、変な気分だった。  リアクションが増えるにつれて、自分のことをSNSで検索をするのが癖になった。検索するたびに新しい投稿を見つけてしまうからだ。  もともと、知らない間に「メンズファッション、インスタグラマーのまとめ」というサイトやブログにまとめられていたこともあった。だけど今の状況は、そんな頃よりも情報の流れがもっと早い。だから、何度も検索してしまう。自分の知らないところで自分の話をされていて、気にならないはずがなかった。今の時代にテレビに出ている芸能人などは、その感覚が麻痺した人たちばかりなのだろうか?  結果、スマホを見ている時間は長くなる。僕は強く目を瞑ってから、何かを振り払うようにスマホをベッドに置いてベースを持った。  僕が楽器を弾くのが好きなのは、無心になれるからかもしれない。弾けないフレーズがあれば、それを正確に弾けるようになるまで、何も考えず練習する。楽器が上手くなる方法は反復練習しかない。人間という生き物が何かを上達するには、どれだけ反復を繰り返したかだ。自分がやっていることに間違いはない。そう思えるから、楽器が好きだった。  ベッドの上のスマホが振動を始めた。この時間は茉由からの電話だろうと思って画面を見ると、やはりそうだった。 「湊、今家?」 「家だよ。仕事終わったの?」 「さっき終わって帰ってきたところ」  保育園は残業があるようで、茉由は結構遅くまで働いていることが多い。電話越しに部屋のカーテンを閉める音がしたので、多分自分の部屋にいるのだろう。国分寺にある彼女の実家に、僕はまだ行ったことがなかった。一軒家で、二階に自分の部屋があると聞いていた。 「仕事、今日も楽しかった?」 「今日は疲れた。書類の仕事も多かったし。民間と違って公務員だから、色々やることがあるの」  茉由は保育士という、自分の仕事に誇りを持っているみたいだった。実際、僕も立派な仕事だと思う。 「今日榊原さんから聞いたんだけどさ、昨日ファンの子がお店に来たんだって」 「え、湊に会いに来たってこと?」 「そうみたい」 「すごい。もう、芸能人みたい。私気をつけなくちゃ、ファンの人に刺されたりするのかな」  彼女の話し方は舌足らずなところがあって、耳元で聞くと、会っている時より幼い印象がある。 「ベーシストだから大丈夫だよ」 「そうかな。じゃあ湊がボーカルじゃなくてよかった」  茉由の空気が漏れたような笑い声が聞こえた。 「蓮くんの歌、映像で見てもすごいもんね。ますます生で聴きたかったな」  この前の金曜日は仕事、そして週末は友達の結婚式の予定があったらしく、来ることができなかった。なんでこのタイミングで、と茉由は不満そうにしたが、突然決まったライブだったので仕方がない。 「メンバーの彼女だから贔屓目かもしれないけど、バズるのもわかるなぁ。みんな見た目もかっこいいし」 「中はいろいろ大変だけどね。性格もバラバラだし」 「そうなの? テツくんいい人そう。ハルくんは社交的そう」 「そのとおり。見た目でよくわかるね。でも、実はテツも社交的なんだよ」  茉由にメンバー二人の印象を語る。ハルは場を盛り上げようとするというより、多分天然で明るい性格だ。ギターの腕は超一流で、他のミュージシャンから欲しがられるほど。堂々とギターソロを弾くわりに、意外と臆病なところがある。  テツは、とにかく真面目だ。プライドの高いところがあって、蓮の思いつきで行動するところに苛立つこともあるけど、根本的には尊敬してるんだと思う。お酒を飲むと饒舌になってくれる。  ふんふん、と興味深そうに茉由は聞いてくれた。 「湊、楽しそうね」   そう言われて、自分の頬が上がっていたことに気がつく。なんとなく恥ずかしくなって、僕は一人で頭をかく。 「楽しいよ」  それだけじゃ物足りない気がして、僕は言葉を付け足す。 「……でも楽しいだけじゃダメだから、毎日ベースの練習しなきゃ。今もしてたんだけど」  付け足した言葉はうまく電波に乗らず、まるで部屋の隅に転がっているみたいに感じた。  それから少し話して、茉由との電話は終わった。切った時に画面を見ると通知が来ていた。ノベルコードのグループラインだ。開くと、蓮からのメッセージだった。 [やっぱり、前言ってた東名阪のツアーは中止。一個でかいところから話がきた。なんと、あのオーケーロッカーズのオープニングアクトの話! ボーカルが動画見て、気に入ってくれたって! 今度そこの社長がライブ観たいらしいから、とりあえず東京のライブハウスでライブする]  僕はやっぱり、急激な変化の中にいるんだと思った。  目を閉じると、この前の路上ライブの景色が、うっすらとまぶたの裏に広がった。新宿駅前で、たくさんの人に囲まれている景色。ノベルコードの音楽が、自然と頭の中で再生された。

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