僕らは風に吹かれて
春に鳴る音 -2(5)

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 僕がインスタグラムに奮闘している頃、バイト中に、榊原さんはまた新しいことを言った。 「湊って、楽器弾けたりしないのか?」  榊原さんは僕に尋ねた。 「ベースなら弾けますよ」 「え、まじで? なんで?」 「やってたからですよ」 「言えよ」 「今言いました。どうしたんですか?」 「俺の友達が、高円寺でライブハウスやってるんだよ。そこで世話してるバンドが、ベースできるやつ探してるんだって。ちょっと助けてやってくれないか?」  そんな会話があって、僕は彼の友達が経営しているライブハウスに連れていってもらった。東高円寺駅の近く、ビルの二階にある怪しいライブハウスで、フロアの隅にあるステージの高さは二十センチほどの申し訳程度のものだった。そこで紹介されたバンドで、僕はサポートベースをやることになった。  バックビーターズという売れそうにない名前のバンドは、ギターボーカル、リードギター、ドラムの三人のメンバーがいた。三人とも社会人で、毎月一回、高円寺や新宿の小さなライブハウスでライブをしていた。出す音はローリングストーンズのような、いなたいバンドだった。若い女の子のファンはほとんどいなかったが、一部の音楽通のファンはいたようで、毎月二十人くらいはライブを観に来る人がいた。  僕にとってバックビーターズでのライブが、バンドを組んで本格的にライブをする初めての経験だった。仲間とステージの上で演奏するのは気持ちいい。バンドの喜びを知ったのはこれがきっかけだった。ギャラなんて出なかったけど、スタジオ代やライブチケットのノルマは僕には課せられなかったし、メンバーのみんなは年下の僕をかわいがってくれた。  僕には時間があったから、呼ばれたらサポートとして何度もベースを弾いた。ほぼメンバーのようになっていたが「メンバーにはならないほうがいい」とボーカルのフォックスは忠告でもするように言った。 「もしメジャーデビューするようなことがあれば、湊をメンバーに入れるよ」  彼は、僕がバンドメンバーになることで、僕の人生に悪い影響があるのではないかと気を遣ってくれていたのだ。ちなみに大倉"フォックス"崇という、ミドルネームがあるタイプの人だった。  バックビーターズのサポートとしてライブをしていく中で、新宿のライブハウスでの対バンで出会ったのが蓮だった。その日は若い女性の客がやけにフロアに多くて、蓮を見て、このバンドのファンなのだとすぐにわかった。  女にモテるために、アイドルみたいなバンドをやる男はいる。だけど、蓮の歌を聴いてすぐにわかった。なるほど、これは本物だ。  歌は当時から良かったが、バンド名もメンバーもノベルコードとは違う、全く別のバンドだった。音楽性も、八十年代の洋楽のギターロックみたいな音楽を奏でていた。  この頃、僕らは度々対バンで一緒になった。一応どちらのバンドもそこそこ客が入るので、ライブハウス的には見栄えが良かったのだろう。蓮の歌が好きだった僕は、彼のSNSをフォローした。彼もフォローバックしてくれた。  よく話すようになった頃に「デビューとかするの?」と僕が尋ねると「ああ。でもまだ、今じゃないかな」と、そんなことを言っていた。その頃から、蓮は目の前のことよりももっと遠くを見ている気配があった。まさか、そんな彼にバンドに誘われる未来があるなんてことは、あの頃の僕は思いもしなかった。

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