僕らは風に吹かれて
春に鳴る音 -4(2)

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 茉由との出会いは、大学生の頃だった。まだ僕が駆け出しのインスタグラマーだった頃、僕はサブアカウントを作って、そちらでは女性のファッションを撮っていた。少しでも自分のフォロワーを増やすための試みだった。  その時に女性のモデルとして来てくれたのが、茉由だった。当時大学生だった茉由は、写真のモデルとしてインスタグラムで活動していた。モデル、と一言で言っても今の時代様々な種類があるが、インスタグラムの世界には、その中だけでフリーで活動しているモデルがたくさんいる(多くは趣味の延長線上だ)。  また、同様に被写体を探している人も多い。茉由は最初、女友達に撮られて投稿されたことがきっかけで、それを目にしたアマチュアフォトグラファーたちからモデルを頼まれるようになったらしい。だけど茉由は当時の話を「黒歴史だからやめて」と嫌がる。 「撮られるの楽しそうだったよ」 「楽しくないことはないけど、やっぱり恥ずかしいよ」 「でも、しばらく続けてたよね?」 「うん。お金になったしね。それに、何かになれそうな気がしたんだよ」  それから寂しそうに言う。 「何にも、なれなかったんだけどね」  その時の僕らの関係は、ただ僕が彼女の写真を撮って、インスタグラムにあげただけだった。  そして今から一年前、僕らは偶然再会した。僕は大学を卒業して、文字どおりフラフラしている頃だった。みんなと足並みをそろえて就活をしようと思わなかったし、インスタグラムで少し収入もあった。だから古着屋で働きながら、もうしばらくインスタグラムを頑張ってみようと思っていたところだった。  母は父と違って、僕の将来の心配ばかりしていた。子どもに就職しないと言われると、普通の親はそうなのかもしれない。インスタグラムのことを説明しようとしたが、なんと説明すればいいのかわからず、なんとか立派に聞こえるように、ネットで広告費をもらう仕事をする、と説明した。  僕は母の心配を振り切ってインスタグラマーになったが、思ったような結果はすぐに出ず、実際はただのフリーターだった。なかなかフォロワー数は増えなかったし、その原因を探すのも難しい。インスタグラムの世界には、無名でも数万人のフォロワーがいるアカウントがある。そうした人と何が違うのかわからなかったし、どうして自分がもっと必要とされないのか理解できなかった。  母からはたびたび僕を気遣う電話がかかってきた。そして人に心配されればされるほど、自分がそんなに良くない状態なのかと思ってくる。電話がかかってくるのが怖くなった。焦りの中、それでも人と違う道を選んだことへのプライドもあった。立派になるまで、誰かと話すのが嫌だった。 「あれ? 湊さんお久しぶりです」  新宿駅から高円寺に電車で帰るところだった。同じ車両に乗り込んできたのが茉由だった。 「えっと……」 「藤田です。藤田茉由。以前インスタグラムで……」  名前を聞いて思い出した。髪が黒くなっていて、印象が随分変わっていた。 「お久しぶりです。仕事帰りですか? いや、大学生だっけ?」  「もう働いてます。同い年のはずですよ。私は今渋谷区で保育士してるんです」 「保育士?」 「はい。公務員試験に受かって」  彼女はなぜかそう、強調するように言った。 「そうなんだ。家、こっちなの?」 「はい、国分寺に実家があります」  電車の扉が閉まり、発車する。高円寺に着くまでは七分。共通の話題は少ない。ぎこちない会話をしなければならないと身構えた。 「インスタ、あの頃からフォローしてるので見てますよ」 「ありがとう。なんか、恥ずかしいな……。モデルはしてるの?」 「もうやめました。仕事が始まるとなかなか……」 「そうだよね。ってか、同い年なら敬語じゃなくていいよ」 「あ、そっか。じゃあそうします」  茉由はそう言って、そこからあっさり敬語を話さなくなった。 「高円寺はね、たまに古着屋に行ったりするよ。そうだ、湊さん古着屋の店員なんだ」 「そうだね」 「古着屋にはレディースも置いてるの?」 「うん。よかったらおいでよ」 「え、行きたい」 「似合いそうなの、用意しておくよ」  高円寺に着いて、僕は電車を降りた。降りてから、僕は久しぶりに人とちゃんと話したような、不思議な感覚があった。  それから数日後、彼女は本当に店に来てくれた。僕が選んだ服を買って、そしてその後近くの店にご飯も行った。(榊原さんは相変わらず無表情だった)  僕は彼女の前だとなぜか饒舌になれた。かっこつけなくても、うまく話をすることができた。  多分それは、茉由が僕を受け入れてくれるからだった。僕が人と同じように就活しなかったことも、インスタグラムを続けていることも、茉由は「すごいね」と言って聞いてくれる。僕が自分の悩みを話すと「そういうところ、かわいいね」と言って、どこか嬉しそうにした。  自分の駄目なところを、そんな風に言ってくれる人と初めて出会った気がした。だから僕は、彼女の前では自分らしくいられるのだ。

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