僕らは風に吹かれて
春に鳴る音 -6(2)

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 短い時間でも、集中して楽器を弾くと疲れる。ヘッドホンを外すと、急に疲労感がやってきた。 「湊くんお疲れ様ー」  僕が二曲録り終えてブースに戻ってくると、さっきまでいなかった女性が二人、ソファに座っていた。 「湊、紹介しとく。俺の彼女の瑛里華えりか」 「こんにちは」  瑛里華と呼ばれた女性は、立ち上がってお辞儀をした。この前焼肉屋で彼女のツイッターを見ていたから、すぐにわかった。写真の印象よりも背が高くて、細身のすらっとした女性だった。胸元まで下ろした明るい色の髪が、大人っぽく見える。着ている大きな花柄の黄色いワンピースは、似合っているけれど、目が痛くなるような派手さだ。身長も、服も、顔も人の目を引く。ずっと、注目されることが当たり前の環境で生きてきたのだろう。 「湊です」 「こっちは俺の彼女のアヤ」  次に、テツがもう一人の女性を紹介してくれた。 「湊くん、よろしくね」  アヤはボブヘアーの黒い髪のせいか、瑛里華とは対照的に、まるで学生のように幼く見えた。身長も低く、着古したグレーのパーカーがいい感じのサブカル感を出している。下北沢を歩いていそうだ。  メンバーの彼女たち。僕はどんな表情をしていいのかわからず、作った笑顔を顔に貼り付けてお辞儀した。 「これ、瑛里華が買ってきてくれたからみんなで食べようぜ」  テーブルの上に、ミスタードーナツの大きな箱が置いてあった。中を覗くと、全部違う種類のドーナツがぎっしりと敷き詰められていた。 「今度のライブの時、アヤがCDの販売手伝ってくれるんだよな」 「うん。新生ノベルコード、ついにスタートだね」  嬉しそうに言うアヤは、運動部の元気なマネージャーのようだった。ハルが羨ましがるのもわかる。 「知らない人も買いやすいように、CDは二曲入りで五百円にしよう。それを五百枚だけ作って、即完させたい。単純計算で二十五万になるから、利益にもなる」 「五百枚って、そんなにすぐ売れるもんか? CDプレイヤーが家にない人も多いらしいし」  テツが少し不安そうに言った。値段が安いとは言え、CDを五百枚売るのは結構大変だろうと僕も思う。 「CDを外した裏側に、曲をダウンロードできるQRコードも付けようと思う。あと、アヤちゃん販売上手だし大丈夫じゃないかな」 「うん、任せて」  アヤは胸を張って言った。 「あ、次アコギの番だよね。俺サウンドチェックしてくる。俺のドーナツ置いといてよ」  ハルは笑いながら、ドーナツの入った箱に指をさしてサブルームを出ていく。モニターに、ギターを肩にかけるハルの姿が映っていた。 「湊くん、甘いもの大丈夫だった?」  ぼんやりモニターを眺めている僕に、ソファに座っていた瑛里華が言った。肩幅に対して異様に小さな顔は、逆にアンバランスに見えるくらいだ。 「もちろん好きです。ありがとう」 「じゃあどうぞ、好きなの選んで」  今すぐどれか一つを選んだほうがいいみたいで、僕は箱の中を覗き込んだ。生地に砂糖がまぶされた、ふっくらした小さめのドーナツを選ぶ。それが一番掴みやすい気がしたから。  ありがとう、と言いながら、僕は遠慮なく手で持ってかじらせてもらった。 「私、インスタ見てて湊くんのこともともと知ってたよ」 「え、そうなの?」  僕はもごもごと口を動かしながら言った。 「ファッション好きな人は、湊くんのこと知ってる人結構いるんじゃないかな。だから蓮がメンバーに誘ったって聞いて驚いたの。知り合いだなんて知らなかった」  知ってもらえているなんて、嬉しいことだった。 「今って、アパレル経営してる人がバンドメンバーにいるとか、そういうの結構増えてるみたいなんだよねー」  そう言って瑛里華は髪を搔き上げた。耳には蓮とお揃いのシルバーのピアスが付いていた。 「バンドメンバーが小説家してるバンドとかもいるらしいし」 「へぇ……そうなんだね」 「インスタグラマーがメンバーにいるっていうのも、今時っぽいよね」  今時っぽいよね。  僕は自分がやってきたものが大きな括りに押し込まれ、たった一言で片付けられてしまったような気がした。ドーナツの最後のひとかけらを、口に放り込む。指先に砂糖の粉がへばりついていて気持ち悪い。拭きたいけれど、部屋の中には紙ナプキンもティッシュも見当たらなかった。

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