僕らは風に吹かれて
春に鳴る音 -7

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 僕のノベルコードとしての初めてのライブは、新宿駅南口横の歩道に決まった。  蓮は一週間前からノベルコードのツイッターで「ついに始動」という情報を出して、毎日カウントダウンを始めた。「あと七日」「あと六日」と日々減っていく数字に、待っていたファンからは百を超えるリプが集まっていた。そしてライブの前日に、新しいメンバーの加入と、今日の路上ライブが発表された。  同時に、僕もインスタグラムでバンドのアーティスト写真と共に情報を出した。写真は蓮の友達のカメラマンが撮ってくれた。新宿の雑踏の中で写真を撮り、揺れ動く歩行者の中、四人だけが止まっているアーティスティックな写真が完成した。  僕のフォロワーのほとんどは、バンドの世界に詳しくない。みんなファッションが好きでフォローしている人ばかりだからだ。なので、僕がノベルコードというバンドのメンバーになると報告しても、あまりピンとこない人が多いようだった。しかしコメントの中には「えっ、ノベルコード知ってます」という驚きのコメントがいくつかあった。翌日になると、もともとのファンの人たちからの「よろしくお願いします」という謎の挨拶コメントもあり、僕のフォロワーは昨日から今日で三百人増えた。プロフィールにも「ノベルコード ベース」と加えて、オフィシャルツイッターのURLものせる。事実のままではあるが、格好つけている気がしてどこかムズムズした。  十八時の新宿南口は、たくさんの人が往来していた。随分日が長くなってきていて、この時間でもまだ日が沈む前だった。気候も穏やかで、歩いている人の中にはもう半袖の人もいる。  数時間前、僕らは代々木ノアにメンバー四人とアヤで集まり、機材をピックアップしてきた。路上ライブは、自分たちが持っている機材だけではできない。必要になるスピーカーやポータブル発電機は、蓮が友達から借りてきてくれて、テツが実家の車で運んできてくれた。  南口近くの駐車場に車を止めて、そこからみんなで機材を運んで準備する。甲州街道沿いの歩道は広くて、多少機材を広げたくらいでは歩行の邪魔にはならない。ここはよく色んな人が路上ライブをしている場所で、僕も知らないバンドが演奏しているのを見たことがあった。  車道を背にして、僕は小さなベースアンプを設置する。アンプは前のメンバーが倉庫に残していったものらしく、拝借させてもらった。その横にテツはカホンを置いて、その前に小さなシンバルをセッティングした。  蓮は発電機を運んできて、慣れたようにリコイルスターターの紐を勢いよく引いた。発電機は小さなバイクのエンジンをかけたように、低い駆動音を辺りに響かせる。その音が結構大きくて、急に何か悪いことをしているような気持ちになった。  僕はベースアンプと発電機と繋いで、電源をつけた。シールドをさして音を鳴らす。自分が弾いたベースの音がアンプから鳴って、またちょっとドキドキする。路上で知らない人の前で楽器を弾くというのは、技術以前に勇気がいるのだと、今さらになってわかった。「久しぶりだから、ちょっと緊張するなぁ」とハルが言ってくれて、一人で勝手に救われたような気持ちになる。アコギと歌はスピーカーから出すので、ハルと蓮は間にかましたミキサーで音の調節をしていた。  機材を並べて、バンド名を書いた看板を立てた時には、すでに二十人くらいのファンの女の子が集まっていた。遠くに一人で立っている子もいれば、かなり機材に近い場所で立っている二人組もいる。「蓮くん、見にきました」と声をかける子に、「ありがと」と蓮は軽く返した。準備中だからか、それ以上は話しかけてはこないようだった。  アヤが折りたたみテーブルの上にCDを並べ始めると、みんなはそちらに並んで順番に買っていた。ジャケットはこの前撮ったノベルコードのアー写だ。ファンの子が早くから来ていたのは、これを買いたかったからみたいだった。友達の分なのか、一人で十枚買う人もいるようだ。蓮はこうして人を集めるためにも、レコーディングしたのだろう。 「もうできそう?」  と蓮が尋ね、僕らは頷いた。 「じゃあ、音の確認がてら一曲やろう。"Walking"から」   「うぃ。チェックやりまーす。ワン・ツー・スリー・フォー」  テツがカウントして、曲が始まる。前奏の間に、蓮は少し離れて音を聞く。すかさずミキサーをいじったり、僕に音量を上げてと指示をしたりする。こんなにボリュームを上げていいのかと内心不安になる。  路上で出す音としてはかなり大きい。だけど、歌が始まったらその心配は消えた。歌のほうが、ずっと大きいからだ。それでも、蓮の歌声は耳が痛くなるような不快なものではなかった。無理やり増幅させたものではなく、自然な声量による迫力があるからだ。  ワンコーラス演奏し終えたところで、蓮は顔の上に両手で丸を作った。音のバランスが整ったということだ。  蓮は僕らのほうを向いて、メンバーそれぞれに「いける?」と確認する。ハルとテツが、手でO.K.サインを作った。僕も真似をしてO.K.サインを蓮に向ける。一つ一つの仕草が、すでに集まっているファンの方に見られているようで、照れ臭い気持ちになった。  一息ついて、蓮は歩道側に振り返る。その瞬間から、もう彼はさっきまでと違う顔をしていた。まるで、"ノベルコードのボーカル"になるための薄い仮面を装着したみたいだった。 「みんな来てくれてありがとう。今から曲をやっていきます。たまたま通ったみなさんも、よかったらバンド名だけでも覚えていってください」  蓮はもう一度、僕ら一人一人と目を合わせて順番に頷く。 「ノベルコード、始めます!」  蓮が叫んで、テツのカウントから一曲目が始まった。  蓮の圧倒的歌声が、甲州街道を越えて向こうの歩道までも響く。僕は蓮の歌に背中を押されるように、ベースを弾く。テツとハルは、演奏しながら目が合うと笑いかけてくれる。楽しい。  セットリストは、先に打ち合わせをして決めていた。たとえ路上でも、ダラダラしたライブをしないのが蓮の主義らしい。決められた五曲にMCを挟みながらライブを進行していく。  最初は二十人くらいだったファンは、今では倍くらいに増えて、僕らの周りを囲んでいた。  二曲目になると、もうみんなは片手にスマホを持って、動画を撮りながらライブを見ていた。動画を撮ってもらうのは、蓮の狙いどおりだった。  道行く人たちも、次第に足を止め始めた。これだけの人が、自分たちを囲んでいるのだ。知らなくても、誰か有名な人がいるのかと興味を惹かれるのだろう。そして聴いてみると、とにかく歌が良いのだから、足を止めざるを得ない。  目の端で、アヤがCDを売っているのが見えた。この前レコーディングした二曲入り五百円のCDが、どんどん売れているみたいだ。  今や通りかかった人まで、動画を撮り始めている。 「じゃあ、ここで二曲だけカバー曲をさせてもらいます。みんなも知ってる曲だと思うから、楽しんでいってね」  練習してきたヒゲダンとあいみょんの曲をカバーする。さっきよりも足を止める人が増えた。僕らの周りはファンでできた人の層の外側に、さらにもう一つの層ができ始めていた。みんなが知っている曲を演奏するというのは、知らない人の興味を惹かせる強みがある。  そして最後に、新曲を演奏する。周りのファンはやっぱりそれが一番嬉しかったようで、大きな拍手をしてくれた。  ほとんどの子が蓮のことを見つめている。目がハートになる、という表情の見本のような顔がいくつも並んでいた。中には僕のことをじっと見つめてくれるファンの子もいた。僕が見つめ返しても、目を逸らさない。なんだか恥ずかしくなって、こちらから目を逸らしてしまう。蓮みたいに、格好よくは振る舞えない。  リアルの世界でこんなに人に注目されるのは初めてだった。悪い気はしない。というか、とても気持ちいい。  三十分ほどのライブを終えて、僕らは手際よく機材を撤収した。  テツが運転する車の中で、機材を返しに行く道中にSNSチェックが始まる。 「めっちゃ動画上がってる。ってかすげぇリツイートされてるし」  来ていたファンの誰かがあげた動画だろう。演奏している姿が、何の編集もされずに流されている。「ノベルコード」という言葉で検索すると、たくさんの人がその動画を中心に話題にしていた。  自分が演奏している姿を客観的に見るのは初めてだった。こうして見ると、もっと楽しそうに演奏すれば良かったと思う。緊張しているのか、表情が強張っているのが小さな画面でもわかった。  そんな反省点を思いながら、僕はさらに検索する。歌うますぎ。見にいきたかった。何このバンド、絶対売れる。そんなポジティブな言葉がズラリと並んでいた。 「いい感じだな」  蓮にとっても想像を超える結果だったようだ。 「アヤちゃん、CDは何枚売れた?」 「まだ正確には数えられてないんだけど、だいたい二百枚くらい!」 「え、一日で?」  本当にすぐに売り切れてしまいそうだった。 「なぁ、急だけど、路上ライブ明日と明後日もやろうぜ。場所を変えてさ。池袋にもいい場所があったし」 「え、明日? 俺バイトあるんだけど」  運転席からテツが言う。 「夜だけだし、なんとかなるだろ? 湊は?」 「古着屋あるけど……多分言ったら休めると思う」  榊原さんの、まぁいいよ、と言ってくれる姿が想像できる。 「じゃあ決定。この二日でCDも売り切って話題にしよう。その後は……近々新しい発表できたらいいよな」 「え、何かあるの?」 「んー、まだ思いつきなんだけどさ、夏に東名阪でライブツアーしねぇ? なんか、ツアーって楽しそうだなって思うんだよなぁ」

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