僕らは風に吹かれて
春に鳴る音 -5(2)

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「……は? まじで?」 「え、なんで断ったんだよ?」  ハルとテツがそれぞれ驚いて言った。その二人のリアクションを、蓮は気にする様子もなく続ける。 「まず、路上ライブをしようと思うんだ」  蓮のその提案が、僕にはすごく意外なものに聞こえた。そしてハルとテツにとってもそうだったようで、二人の表情には驚きと疑問が刻まれている。 「なんで? もったいなくない? ノベルコードは今せっかく注目されてるし、もっと価値を持たしてもいいと思うんだけど……」  手のひらで頬をさすりながら、ハルは言った。そこに、テツが少し苛立つように続ける。 「ってかさ、イベントを断るのもなんで勝手にやるんだよ。今誘われたやつ、しっかり出ないとチャンス逃すぞ。ワンマンだってしばらくしてないから、今いるファンも離れていくかもしれないしな」  急に良くない空気がスタジオの中に流れ始めていた。僕はまだ何かを言う立場じゃない気がして、ただ黙っていた。  蓮は少し目を細めて、何度か小さく頷く。 「わかる。だけど、今俺たちのライブに来たいって思ってくれる人は何百人とかだろ? イベントに出ても、せいぜい客の数は数百人規模だ。そんなところに出ても、効果は知れてる。これまでもライブハウスでライブしてたけど、そこまで急激に大きくは広まらなかった。ワンマンだって頑張ればクアトロくらいならできるだろうけど、それが目標じゃない。そうだろ?」 「それで……路上?」 「そう。あまりみんな気づいてないけど、路上はプロになったらできない。厳密に言うと道路交通法違反だから。プロダクションに所属すると許されないことなんだ。だから、デビュー前にしか使えないボーナス技みたいなもんだ。しかも、有名になった時のストーリーにもなる」  やっぱり頭がいい。苛立っていたテツも、少し納得したのか口を閉ざした。 「で、路上で人を集めるための新しい曲がいるから、新曲を作ってきた」 「え、早っ」  僕は思わず言った。久しぶりの発言が馬鹿みたいだった。  蓮はスマホをテーブルの真ん中に置いて、音楽を再生し始める。意外にも、そこから聞こえてきたのはアコギの音だった。 「あれ? なんでアコギ? しかも……ドラムじゃない?」 「そう、カホンの音で打ち込んだ。テツ、カホンできたよな?」 「できるけど……」  カホンは箱型になっている、またがって演奏する打楽器だ。アコースティック編成で、ドラムに近い役割を担うことができる。 「次のレコーディングは、全部アコースティックアレンジで録音する」 「なんでだよ。そんなことしたらアコースティックバンドのイメージついちゃうだろ。それはノベルコードじゃない」  テツがまた言い返す。いくら同じ打楽器とは言え、カホンとドラムでは勝手が全く違うからだろう。 「まぁ聞けって。路上ではそのアコースティックの音源を売る。で、バンドサウンドはライブハウスでしか聴かせないようにするんだ。そうすればみんなバンドサウンドを聴きたいからライブハウスに来る」  考える時間を与えるように、蓮は一瞬間を開けて続けた。 「で、ファンはライブハウスで聴くと、今度はその音源も欲しくなる。そしてそれが音源になる時は……メジャーデビューする時だ。そうすれば、もともとのファンの熱量も高められる」 「なるほど……」  ハルが納得の声を出した。僕も思わず「すごい……」と呟いた。ファンの心をしっかり読んで、筋書きができている。テツは黙ったまま、渋々の様子で頷いた。  スマホから流れる曲はAメロに入りBメロ、そしてサビへと続く。キャッチーでわかりやすい歌だった。アコースティックアレンジの分、歌がより突き抜けて聞こえる。 「いい曲だと思う。耳に残るし。ギターのフレーズ、少し変えていい?」 「もちろん。湊もベース、別にこのとおり弾かなくてもいいからな」 「わかった」 「じゃあドロップボックスで今送る。早速で悪いけど、曲覚えてアレンジしといて」 「え、今日?」  蓮が急に言ったので、さすがに僕は驚いた。  「うん」 「俺、今日カホン無いんだけど」  テツが言う。そのとおりで、誰もアコースティックの準備などしていない。 「アコギとカホン、どっちもレンタルであったから借りたらいいよ。借りてこようか?」 「いや、でも」 「何?」 「……自分で借りてくる」  言いながら、テツは不満を隠しきれていない。 「あと路上では一曲ずつ、ヒゲダンとあいみょんの曲をカバーする」 「オリジナル曲があるのに?」 「そのほうが後から話題になりやすい。拡散できる話題を俺たちから作らなきゃいけないんだよ。メディアも取り上げやすくなるし、名前が広まれば曲は広まる。俺を信じろ」  俺を信じろ。なかなか言えない言葉だが、蓮が言うと似合っているし、説得力もある。 「俺は家でカバー曲のアレンジ軽くやっとくから、今日はよろしく」  そう言って蓮は立ち上がる。そのまま「じゃあ、お疲れ」と言ってあっさりスタジオを出ていった。  残された三人には、まるで嵐が去った後の孤島に取り残されたような空気が流れていた。 「……ったく、自分勝手だよなぁ」  呆れたようにテツは言った。 「なんかごめんな」  ハルがこっちを向いて謝る。 「ううん、全然。ありがとう」 「あいつだって、俺たちを困らせたくて言ってるんじゃないんだよ。ただ、前しか見えてないだけで」  ハルの言うとおりだろう。蓮は頭の回転が早い。常にみんなの一歩も二歩も先を行っている。多分、周りのことを気にする優しい人では、蓮のようにはなれない。彼は夢を叶えるために、必要なものだけを選んで進める、ある種の冷徹さがある。そして、そうしても許されるだけの実力も。そんな彼に必要だと思ってもらえた自分は、胸を張るべきなのかも知れない。  三人で蓮が作ったデモを聴いて、曲の構成を覚える。  テツは受付で借りてきたカホンにまたがって叩き始めた。ハルもアコギを弾き始める。僕はベースをツマミで音量を下げて弾く。蓮が作ったアレンジの中に、それぞれの感性が足されていく。  二人ともアレンジのスキルが高かった。二番のAメロはリズム隊をなくしてみたり、Dメロをハーフのリズムに変えたり、元のイメージを残しながら新しい提案が加わっていく。僕も新しいベースラインを弾いてみる。そのフレーズいいね、と二人に言ってもらえると嬉しい。  最初は渋々だったはずの作業は、時間が経つにつれ熱がこもってきていた。自分の弾いた音が作品に加わり、新しい色をそこに落とす。ほんの些細な違いかもしれないが、真っ青な空の絵の中に一つ雲を足すだけで、全体の印象は大きく変わる。  ただなぞって弾くだけではなくて、バンドは仲間と一緒に何かを作るのが楽しいのだと思った。そしてそうすることで、自分もやっとノベルコードのメンバーになってきている実感がした。

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