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 だれかが書いた小説ではあるようだけど、それ以上になにか意味のあるものとも思えない。それでもだれが書いたものなのか、なぜ大ばあちゃんが持っているのか、そして普段なかったものが置かれている理由が気になった。  両親に見てもらおうと思い、紙の束を手に立ち上がった。そのとき。  突然廊下から小さな白い生き物が飛び出してきた。 「きゃっ!」  その動物は和室を突き抜け竹やぶの前まで一気に走り、テーブルみたいな形をした大きな岩を駆け上がった。そして、その平らな面の中央で足を止め、小夜子を振り返った。 「……ねずみ?」  ハツカネズミに見えた。けれども、それにしてはしっぽが異様に太い。  小夜子は強く興味を持った。大ばあちゃんや両親の気配がしないことなど、すっかり忘れてしまった。  小夜子はそろそろと縁側へ向かった。その間もねずみもどきはじっと小夜子を見ている。  しかし小夜子がサンダルを履き終わるのを待っていたかのように、ねずみもどきは岩のテーブルを飛び下りて走っていく。  慌てて後を追う。竹やぶの土は枯れ葉が積もっていてやわらかく、一足ごとに足が沈んだ。  壁のようにそそり立つ岩の前で、白い影がピタリと止まった。再び振り向いて小夜子を見ている。そして、小夜子が追いつきそうになった時、岩に開いた洞窟に飛びこんだ。 「あっ! 待って!」  山の斜面にポッカリ開いた穴。岩屋。高さは一メートル以上ありそうだ。戦争中の防空壕だろうか。いや、ちがう。なにかを祀ってあるようだ。岩屋の入口に注連縄が張ってある。中は真っ暗でねずみもどきの白い体さえ、闇に塗りつぶされてしまっている。これ以上追うのは無理そうだ。 「なーんだ。残念」  小夜子は白い小動物の正体を確かめることを諦めた。が、立ち去ろうとしたその時、岩屋の中からブォーッと生ぬるい風が吹いた。 「なんで?」  この岩屋はどこかにつながっているのだろうか。でなければ中から風が吹くはずがない。  それにしても……。小夜子は両手で腕を抱いた。紙の束を持ったままなのに気付き、ひとまず服とお腹の間に挟み込んだ。  それにしてもなんて気味の悪い風だろう。ねっとりと体にまとわりつく生ぬるい風。竹やぶを吹きぬけているひんやり心地いい風とは大ちがいだ。  おそるおそる注連縄の奥に手を伸ばしてみる。体温と同じ温度のぬるま湯に手をつけたら、こんな感じなのだろう、と思った。  闇の奥がチラリと光った。すると、それは近づいてきて、小夜子の足元にお座りをして見上げている。  あのねずみもどきだった。 「戻ってきたのね」  小夜子は微笑みながら差し伸べかけた手を引っこめた。 「……あんた、ねずみじゃないわね」  たしかにねずみにしては尾が太いと思ったが、間近で見ると、顔もねずみとは明らかにちがう。ねずみよりも犬に似ていた。しかし体は子供の手に乗る程度の大きさだ。犬であるはずがない。 「もしかして、新種の動物を発見しちゃったとか?」  小夜子は胸が踊るのを感じた。なんとしてでもつかまえなくては。小夜子は両手をお椀形に丸め、注連縄をくぐり、白い小動物に飛びかかった。  白い影が飛び退くのが視界の隅に見えた。地面に手をつくかというその瞬間、小夜子は前方に広がっていると思っていた闇が、下に広がっていたことを知った。横穴ではなく、縦穴だったのだ。 「きゃあーっ!」  小夜子は深い闇の中へと落ちていった。

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