心に花を、世界に音を
#16 広がり始めた世界の中で。〈鷹丘奏〉-1

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――はあ? 海?―― 「そう。絵美の誌面デビューを祝して! もちろん奏ちゃんの予選通過もね!」 ――予選っつっても動画選考だし、それぐらいで祝われたくねーよ。ていうか、まだ六月だぞ。海とかバカじゃねーの―― 「別に泳ぎに行くわけじゃないもん! バーベキューとか……バーベキューするんだもん!」 ――バーベキューだけ、だろ――  わかりやすい膨れっ面になる杏奈。同い年なのに子どもみたいだな。  六月になってすぐ。昼休み、咲子と一緒に俺の練習場所までやってきた杏奈が、週末の予定を意気揚々と話してくる。  咲子、安原、井戸田絵美、名波敦司と海に行く。その予定に俺まで組み込んでいるんだから、反論せずにはいられない。 ――息抜きにいいと思うんだけど……どうかな?――  ぐいぐい来る杏奈とは違って、遠慮気味に手を動かす咲子。いや、別に嫌ってわけじゃないんだけど。  名波敦司とか、一回しか会ったことねーし。その一回がアレだし。今までそういう、仲よしこよし的なの、やってこなかったから。どうすればいいのかわからない。 ――いいの?――  いつの間にか杏奈が一歩、後ろに下がっていた。咲子に聞かれたら困るのか、俺にしかわからないよう手だけで話しかけてくる。 ――咲子が他の男に口説かれても。お持ち帰りされても。あたし絶対、止めないから。いいの?――  最近どうも、杏奈がおかしい。パワーアップした、そんな気がする。  前に突き放したときは一週間ぐらい会いに来なかったのに、こないだはその日のうちに謝るよう言ってきた。その迫力に俺は最近、押され気味なのだ。 ――わかったよ。行きゃあいいんだろ――  別に、咲子が心配なわけじゃない。杏奈のわがままに付き合うだけだ。 「晴れたねー!」  こんなに海が似合う人間はいないんじゃないか、そう杏奈の笑顔を見ながら思う。土曜、昼、海……帰りたい。  安原と名波敦司がちゃっちゃとバーベキューのセッティングをしている。咲子と井戸田絵美は食料が入ったクーラーボックスを運んでいる。杏奈は海に向かって走っている。  ……俺一人、車に戻ってもわかんねーよな。うん。そう決め込んで海に背を向けたら、誰かにパーカーのフードをつかまれた。いま俺たぶんぐえって言った。 「ちょっと! 手伝いなさいよ、こういうのは男の仕事でしょー」  ……井戸田絵美。さっきのやつ運び終わったのか。もう一つあるから手伝えと、そう言いたいんだな。 ――俺は男じゃない。ピアニストだ―― 「何そのヘリクツ。いいから運ぶ!」  ばしん、思いっきり背中を叩かれる。しょうがねーな。とっとと運んで車に戻るか――あ、これ無理だ。一人じゃ無理。  とんとん、軽く肩を叩かれて振り返ると、咲子が柔らかく微笑んでいた。ちょっと一瞬、安心して。力が抜ける。 ――手伝うよ―― ――いいよ―― ――私が、手伝いたいの――  敵わないなぁ。咲子には、敵わない。  結局、二人で運ぶことにした。一人だとあんなに重く感じたのに、二人だとそうでもなかった。やっぱり来てよかったかも。

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