心に花を、世界に音を
#14 どんなに頑張っても届かない。〈円藤春人〉-3

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「向いてると思うよ」  なんとか絞り出した言葉にまた笑顔が返ってくる。眩しい。彼はまだ濁っていない。純粋で、透明で。 「あのっ、奏ちゃん、口は悪いけど本当はいい子なんです! どうかよろしくお願いします!」  助かった、と思った。同時に保護者みたいだな、とも。  また頭を下げてくる杏奈ちゃんに、顔を上げるよう促す。まっすぐすぎて微笑ましい反面、どこか危なっかしくもある。  二人の向こうから、ようやく鷹丘くんが現れた。むっすー、という効果音が聞こえてきそうな佇まい。不機嫌そのものの鷹丘くんが、二人の間に割り込んでくる。 ――おまえら、もういい。帰れ―― 「なに言ってんの、ダメだよ。あたしもいる」 ――何で―― 「奏ちゃん放っといたらなに言うかわかんないもん。この前だってあたしにひどいこと言ったでしょ」 ――だから、それは謝っただろ!―― 「誠意が足りないもん、誠意が」  手話を交えて話す杏奈ちゃんと、手話オンリーで話す鷹丘くん。仲のよさがうかがえる空気感だ。  そういえば咲子は? 咲子の姿を探すと、キッチンに一人、立ち尽くしていた。微笑ましそうに、静かに俺たちを見ている。見守っている。 「でも杏奈ちゃん、あんまり大勢でお邪魔しちゃ悪いし。鷹丘も、集中したいのかもしれないし」 「うー……そうだけどさぁ」  どうやら話がついたらしい。二人はとりあえず、帰ることになった。  帰り際、杏奈ちゃんは咲子に「あとは頼んだよ!」なんて言い残して。ああ咲子とも仲よくしてくれてるんだなぁ、そう思うと嬉しかった。  友達なんて、大学を出たらそうそうつくる機会もないし。だから、今のうちに長く付き合える友達をつくっておいてほしいと思う。俺も、つくっとけばよかったなぁ。 「初めまして。咲子の兄の、え、ん、ど、う、は、る、と、です」  久しぶりの手話だから、どうしても少したどたどしくなった。賑やかな二人がいなくなったのもあり、やけに自分の声が響くように感じる。 ――どうも―― 「今日は急に呼び立てたりして、ごめんね。君のピアノ、聴いてみたいって、ずっと思ってたんだ」 ――じゃあ、さっそく借りてもいいですか―― 「ああ、うん。どうぞ」  あんまり乗り気じゃないのかと思ったけど、やる気はあるみたいだ。ガラス戸を引き、彼をピアノの前に通す。今日はよく晴れているなぁ。吹き抜けを見上げて思う。  穏やかな心持ちだったから、余計、心臓に悪かった。ジャーン! 全力の不協和音。思わず振り向いて、リビングで紅茶を淹れている咲子と顔を見合わせた。咲子も驚いているようだった。  乱暴で繊細――いや、今は乱暴の要素しかない。ただただ鍵盤の上で暴れまわっている。  あれほどの才能を持つ人間が、弾くピアノではない。言葉より先に体が動いた。だって言葉では意味がない。彼の耳には届かない。  腕をつかみ、そのままピアノから引き離す。無理やり立たされた彼は、素直なまでに怒り顔だ。 ――何すんだよ!――  空いた手で言いながら俺の手を振り払う。それは、こっちのセリフだよ。何してるんだよ。  才能のある人間が、才能を無駄にするなんて。その才能を、どれだけの人間が欲しがっていると思う? どんなに努力しても手に入らない、それを、もう君は持っているのに。

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