天使の脳みそ
彼が花束を渡すまで

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「――と、このように、廃品ロボットはこちらの廃棄場に集められ、種類ごとに分別され、それぞれの処理施設へと運ばれるのです」  わたしたちは機械工場の見学に来ていました。小学校の時には機械生産工場へ来ましたが、中学生にもなると廃棄処理場について学ばされるのです。  わたしはふとガラスの向こうのある一点に目を奪われました。人型、鉄塊、何かわからない残骸……様々な廃棄機械が折り重なる山の中、すっとまっすぐに立つ奇妙な人影があったのです。  初めは施設の従業員かと思いました。でも人影は動きません。背筋を伸ばし、後ろ手に何かを持っているように見えます。もっとよく見たくて、列の後方へこっそりと移動しました。そして眼鏡のズーム機能を使って目を凝らしてみました。  人影は男性のようでした。薄汚れた白いシャツに歯車を模したマークがプリントされています。アンドロイドの印です。整った鼻筋と綺麗な目……頬や首筋、腕など肌の大部分が汚れ、すり切れていますが、以前は美しい人形だったのだと一目でわかりました。  もう、係員さんの説明など耳に入りませんでした。彼から目が離せません。なんて綺麗……あんなにぼろぼろなのに、まだ何か意志を示しているかのように毅然と立つ姿が美しかったのです。イケメンとか、かっこいいとか、そういう安っぽい言葉などまったく浮かびませんでした。 「質問はありませんか」 「はい!」  わたしは夢中で手をあげました。 「ここに集められた機械たちは到着からどれくらいで次のところへ運ばれるのでしょうか」 「ものによりますが、二十四時間以内には必ず処分室へ着くでしょう」  大変だ。あのアンドロイドは、いつ頃ここに連れてこられたのだろう……  センターで昼食をとる時間になり、もう一度あのガラスの前を通ったとき、彼はまだそこにいました。わたしはランチを早々に食べ終え、先生の目を盗んでこっそりと工場の受付へ出向きました。 「すみません、廃棄処理待ちの機械を一つ、譲っていただけませんか」  係員の人はびっくりしていましたが、わたしは真剣に訴えました。学習面で役立てたいとか、将来はロボット学者になりたいだとか、嘘偽りをそれらしく並べ立てて熱弁すると、係員さんは裏へ消え、ずいぶん待たされた後、なんと廃品を譲ってもらえる許可が下りたのです。  次の休みに取りに来ると約束を取り付けました。家に帰って両親に報告すると、二人ともテレビを眺めたまま空返事でした。嬉しくて、休日が待ちきれませんでした。  土曜日の朝早くに電車に乗り、わたしは工場へ向かいました。名前とIDを伝えるとすぐに通してもらい、面会室であの彼と対面しました。 「かなり損傷しているので、主人の認識や命令遂行能力が大幅に欠如しています」 「大丈夫です。本当にありがとうございます」  わたしは彼の背面を覗き込みました。後ろ手に持っているのは、くしゃくしゃになった桃色の紙とビニール……そして、萎れて風化しかけている植物らしきものがわずかに挟まっていました。 「あなたはミシェルですか?」  突如、彼が口を開いてそう問いかけました。わたしは驚きのあまり固まってしまいました。 「そうよ……確かにわたしはミシェルだけど、どうして知って……」 「ああ!」  今まで姿勢良く立っていた彼が突然跪き、くしゃくしゃになった桃色の紙の塊を差し出しました。 「ようやく会えました。お探しものの白百合です」  なんのことかさっぱりわからず困惑するわたしに、彼はめげずに枯れた植物を揺らして見せます。 「ほら、欲しがっていたじゃありませんか。見つけるまで帰るなとおっしゃって……お金を持たされていませんでしたし、支払い機能もオフでしたので、いたるところを探し歩いて……」  熱っぽい口調が少しずつ萎み、彼の顔が曇ります。 「しかし、見つけたときには、私とあなたの家はありませんでした。心配でしたが、とにかく、最後に別れた場所に立っていればきっと見つけてくださると信じて待っていたのです。そうしたら、本当に来てくださった。約束通り……」  だんだんと、事情が呑み込めてきました。彼は彼のミシェルに棄てられたのです。しかしアンドロイドは主人の許可無しに命令を破ることはできない…… 「ミシェル。受け取っていただけますね」  花びらを失い枯れた植物に、わたしはゆっくりと手を伸ばしました。これを見つけるのにどれほど時間をかけ、この桃色のラッピングにどれほど苦労してたどりついたのか……彼の計り知れない愛情を思うと、胸がしめつけられそうでした。 「もちろんよ」  花束を受け取り、人工皮膚の剥けてしまった彼の手を取りました。 「帰りましょう。お家、変わったのよ」  彼は端正な顔に笑みが広がりました。  わたしはミシェル……あなたの恋人のミシェル……

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