例えば蛹。固くなって、すべてから身を閉ざしている様。 例えば卵。外の全てに期待して、今か今かと待っている様。 今のわたしはそんな気持ち。今のわたしはそんな感じ。王子様が現れて、いつか必ずお外へ出るわ。 ぴくりとも動かない胸を希望でいっぱいにして、姫君は眠っていた。時折妖精が現れては話し相手になってくれるが、それはあくまで思念上でのこと。閉じた瞼は開くことなく、胸に組んだ両腕はほどけることがない。 時の止まったその日から太陽は動かず、風も雨も気配を見せない。 何もかもが眠りについたその場所で、刺々しい茨の蔓だけが〝活きて〟いた。 時折絶望することもある。 せっかく勇気を出して誰かが入ってきたのに、茨たちが無情に絡めとってしまった時。そのとげがその者の肉を切り裂いてしまった時。走りよって助けてあげられないこの身が憎くなる。 妖精は言う。 「あの方は運命の方ではないのよ」 運命なんてどうでもいいから、早くわたしを目覚めさせてほしいのに。 どんなに悲しくてもどんなにつらくても、姫は眠る他なかった。 ついにその日は訪れた。今までに無い強い気配を感じて、姫の心は震えた。 早くわたしを解放して! わたしを目覚めさせてくれる、あなたの素敵なお顔を見せて…… 憎い茨が襲いかかっても、その気配は耐えることなく燃えていた。塔の先端へ、どんどん近づいて来るのがわかる。やがて、塔の扉が力強く開かれたのを姫君は感じた。 今までの激闘が嘘であるかのように、その部屋は平和そのものだった。陽光がさんさんと降り注ぎ、穏やかな光に満ちている。王子は窓際のベッドに近づいた。そして、そこに横たわる姫君の姿に目を見張った。 これが伝説の、眠れる森の美女。王子はいばら姫の美しさに頬を紅潮させ、その閉ざされた唇に口づけをおとした。 たちまち、姫は目覚めた。青い瞳が王子をとらえた。いばらの呪いをくぐりぬけた王子の身体を力いっぱい抱きしめる。 「ああ、やっと、わたしを起こしてくれた……あなたが運命の人!」 王子も姫の柔らかい腰に腕をまわした。温かな肉体を感じた。 だがそこで、ふつりと何かが途切れた。 姫の腕は力なく落とされていた。糸の切れた人形のようにだらりと垂れている。温かな身体は急速に力を失い、熱が消えていく。 気がついた時には、姫だったものは粉々に崩れていた。まだ興奮の冷めやらぬ王子の腕の中で、細かな塵が霧散した。 崩れた壁の隙間から覗く太陽と月が、急速に入れ替わっていく。空がちかちかと明滅する中で、王子は状況が飲み込めず呆然としていた。それを見ていた妖精は呆れたように呟いた。 百年も時が止まっていたのだもの。当然の結果だわ。意地悪な妖精に一方的に呪いをかけられて姫があんまり可哀相だったから、せめて死ぬ前に思い出を作ってあげようと思っただけ。あなたには気の毒ですけれどね。 妖精の囁きなど、時を生きる王子の耳には届いていない。
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