芽生えのころ
side.アリー
閑静な住宅地へとつづく小路には、大通りの喧騒はもはや届かず、瀟洒な街灯がぽつりぽつりとリズムを刻むのみである。 空気の澄んだ冬、進行方向の山手の上空に、白く輝くオリオン座が道をしめす。 仕事上がりに、馴染みのバルで会話を楽しんだ夜は、アパートメントまでのちょっとした坂道も苦ではない。 足元がふらつかない酒量は心得ているし、むしろ、生半には酔えない性質だ。ちょっとばかり酒精に温められたほおを、夜風にさらしてゆっくりと坂をのぼっていく。 バルといえば、ひとり飲みの夜には稀に、露骨に誘いをかけ、度数の強いアルコールを勧めてくる者も現れる。アリーはしかし、その手の輩には憐れみしか感じない。 仮にそんな形で落としたとて、あとに何が残るというのか。……いや、カタチを残す必要はない。けれども恋は、こころに炎をともしてこそだ。記憶をとばしたドールをかき抱くのでは、とても得られぬ充足感。そんなことも知らぬまま、ただやみくもに手を伸ばして藻掻く様は、あわれだと思う。 一方、上質の恋ものがたりとくれば、それはもう、アリーのこころと足取りを弾ませる。それがたとえ、他人の恋であろうとも。 甘酸っぱい恋のはじまり、本日のあらましは、ぜひ書き留めてコレクションせねばなるまい。反芻しながら、アリーは家路を辿るのだった。
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