姥捨島挽歌
1030年、秋祭りの日 1

 その空間は、乳の色でできていた。  僅かに光を透す乳白の肢体を、複雑怪奇に絡み合わせる幾つもの木々。癒着した枝と根が作り上げた、同じ乳白の天井と床。  聖堂の写真として教科書で見た通りの、けれども現実として目の前に迫るそれらは、まるで想像と違っていた。五感を圧迫するような重たい空気は、この世には写真に写らないものがあることを説いていた。  我々人類の母――汎世界人工生殖機器群Worldwide Artificial Reproductive Machines、通称ウォーム。  世界各地のウォームの地下に形成された「聖堂」と呼ばれる空間は、臍帯が樹木のように絡み合っていることから、冬の夜の森を思わせる場所だと習った。臍帯が癒着してできた白い壁は、詩の中で蚕の繭に喩えられてもいた。  十七歳を迎えた今日、聖堂へ足を踏み入れることを許された私は、この空間を森とも繭とも思えなかった。ふと思い出したのは、生物学の資料集で見た、小さな白黒の図だった。 「脳神経に似ていると思う」  数歩先を行く、白衣の丸い背中に話しかける。足元にぽつぽつと置かれたLEDのランタンだけが、私達に光を与えている。 「うん。そうだね」  少しだけ逡巡した後の、穏やかな返事。  本職の白衣姿で歩く蓮見ハスミ先生は、保育院の頃から見慣れているはずだった。今ではその白衣の、無味無臭を体現したような白色も、聖堂の乳白と対をなすための意味深い色に思えた。 「確かにここは、ウォームの脳神経かもしれない」  蓮見先生は、独り言のように返事を続ける。 「ウォームはここで、考えてるんだ。臍帯網さいたいもうを延ばしながら、どのような子を孕むかを」  臍帯網という用語を聞いて、私はここが保健の現場であることを理解した。  この聖堂に張り巡らされた臍帯は、地上のウォーム心臓部に延び、上階で羊水槽の胎児と繋がる。しかし、胎児の臍から延びる血管のようなそれと、地下の聖堂で樹状に絡み合うこの繊維とでは、物質においても機能においても大きく異なっている。聖堂の管理者――神父である蓮見先生は、この乳白の繊維を臍帯網と呼んでいた。  立ち止まった蓮見先生が、臍帯網の流れを辿るように天井を見上げる。  私もそれに倣い、薄明かりに照らされた天井を見る。その高さや丸みを帯びた形状は、この島に遺跡として点在する、教会の構造に似ているようだった。  蓮見先生に目線を戻すと、彼は未だ天井を見つめていて、地上にある胎児室を思っているようだった。これから生まれる子を想うその姿は、この場に相応しく静かで神聖で、まるでウォームの擬人のように思えた。 「蓮見先生で良かった」  自分でも気が付かないうちに、言葉がこぼれていた。蓮見先生が振り向き、少し驚いた顔を見せる。眼鏡の奥の小さな瞳が、微かに揺らいだような気がした。 「僕が、どうかした?」 「……この町の神父が、蓮見先生で良かったと思って」  震えようとする唇を引き締め、眼鏡の奥を見つめ直す。蓮見先生は柔らかく微笑んで、小さな笑い声を漏らした。 「そっか。ありがとうね」  そう言って、蓮見先生は聖堂の奥の暗闇に顔を向け、再び歩き始めた。白衣の襟を、短い茶髪の先がかすめていく。  私はその背中を追いながら、心の中で、あなたが私の先生で良かったと告げた。