陽が沈んで、辺りはもう真っ暗だった。バッターボックスには、街灯の明かりが薄く伸びていて、ホームベースに残る足跡に、僅かな陰影をかたどっている。 俺はバッターボックスに立ち、バットを構えた。 光の差さないマウンドを、刺すように見つめていると、闇の中でうごめく影が、両腕を天に突き上げたフォームから、左足を上げ、俺にボールを投げ込んできた。 唸るような速球に併せてバットを振る。 捕えた! ミートの瞬間が、はっきり見えた。 だがそのボールは、バットに当たった時には、黒い霧となって、重く湿った空気中に散っていく。 俺は力の限り、バットで地面を殴りつけた。 相変わらず、嫌な夢だ。電車のつり革を掴んで、流れていく景色を見つめながら、今朝の目覚めの不快さを、思い返していた。夢、といいながらも、俺の手にはバットを握った感触が、いつも残る。霧のように消えた、あのボールも。唸るような速球も。 半分は、現実なのだ。俺たちの勝負の続きなのだ。 スマホを取り出して、待ち受け画面を見た。ユニフォーム姿の俺と朔が、肩を組んでいる。そして、俺たち二人の前に朱里が、ピースサインを作って、笑って座っている。 10歳の時に引っ越して、隣の家に朔が居た。中学から同じ学校のチームで、あいつが投げて、俺が打って、高校まで一緒になって、あと一歩で甲子園に行ける、地区大会の決勝で負けて、俺たち二人の野球は終わった。 俺は今でも野球を続けているが、それは朔のお陰だと思う。あいつは、いつも大人しくて控えめだったけど、諦めない気持ちだけは、誰よりも強かった。あいつに励まされたことも何度もあって、親友と呼べる存在は、あいつだけだと思ってる。 俺が最初にあった時、朔と朱里は幼馴染というよりも、姉弟みたいに思えた。しっかり者の朱里に、大人しい朔。その関係がうらやましく思えだしたのは、中学の頃だっただろうか。 どこまでも仲のいい二人を見ていて、俺が入っていく余地が、無いように思えた。でも、胸の中に沸き起こる、白く泡立つような波は、次第に大きなうねりになって、今も渦巻いている。 駅に着き、電車のドアが開く。人波に乗って階段を降り、改札を抜けた。 朔。お前は夢にまで出て、俺を苦しめるが、俺だって決着をつけたいんだ。なあ、朔。早く、マウンドに戻って来いよ。 俺は足早に、大学のキャンパスを突っ切った。
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