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中学生にしては、渋い趣味だと感じていた。 同級生が流行りの邦楽を聴いている中、僕はクイーンを聴いていた。 イギリスの伝説のロックバンド、クイーン。 ボーカル、フレディ・マーキュリーの、繊細で、それでいて空を突き破るような力強い歌声は、僕の心を掴んで離さなかった。 この趣味は完全に父親の影響だった。 幼い頃から子守唄代わりに聴かされ続けたクイーンの楽曲は、僕の背骨を形成させた。 学校が休みである日曜日、僕は近所のショッピングモールに一人で出掛けていた。 目的は、CDショップだ。 今日は、なんと言ってもクイーンのツアーアルバムの発売日。 フレディは僕が生まれる前に病死してしまっているが、今でも違うボーカリストをフロントマンにしてクイーンは活動を続けている。 そんなクイーンの、最新ワールドツアーアルバムだ。 最近は音楽配信アプリが発達しているから、正直CDなんて無くても音楽は聴ける。 でも、やっぱり、手元に残る存在が輝かしく見える。 だから僕は、時代の流れに逆らってCDを求めに行くのだ。 慣れた足取りでCDショップに入り、洋楽コーナーへ進む。 クイーンのCDたちは、一番広いスペースに並べられている。ここの店長とは気が合うに違いない。 僕は目当てのアルバムを見つけ、その場で口角が上がるのを抑えきれずにやけてしまった。 背後からやってくる気配に気付かずに。 「朝妻君、クイーン好きなの?」 心臓が、跳ねた。 声の主は、僕の左側から顔を覗かせた。 え。誰? 年齢は僕よりも上に見える、女の子。 真っ赤な口紅が印象的で、目の周りはキラキラしていて。 胸まであるストレートのロングヘア。 一言で言えば、清楚系ギャル。 僕は頭の中のアルバムをフル回転させたが、誰にも当てはまらなかった。 でも、僕の名前を知っているってことは、知り合いではあるんだよな? 恐る恐る、僕は彼女に問う。 「すみません……どちら様でしょうか……?」 「えっ」 彼女は口に手を当てて、目を丸くした。 〝えっ〟はこっちのセリフだった。 貴女みたいな、キラキラしている女の子の知り合いなんて、僕にはいない。 彼女は口に当てた手を外し、人差し指を立て、自身を指さした。 「私、合川ジュリだよ。君のクラスメイトの」 「えっ、合川さん?」 クラスメイトの合川さん。 彼女は、成績は一番でこそ無かったが、どの教科も満遍なく良い成績を残している優等生。 黒縁眼鏡で、前髪を眉上で切りそろえ、横髪を出さずにしっかりと耳の下で二つ結びをした、極めて真面目な印象を受ける生徒だった。 そんな絵に描いたような真面目キャラの合川さんが、この、目の前にいる清楚系ギャル? 「眼鏡してないからわかんなかったかなぁ。休みの日は外してるんだよね。裸眼でも日常生活には支障無いし。黒板が見え辛いだけだし」 合川さんの普段の声を、初めて聞いたかもしれない。 授業中に先生から当てられた時くらいしか、彼女が口を開いているのを見たことが無いくらいだ。 「アルバム買いに来たの?」 「え、うん。合川さんも?」 「もちろん。やっぱりCDで手に入れたかったから」 そう言って合川さんは手を伸ばし、僕の目の前に並ぶアルバムを二枚手に取った。 「二枚?」 「当たり前でしょ。鑑賞用と保存用」 「はぁ……」 よくアイドルオタクの友達が言っている言葉だった。 普通に聴くための鑑賞用と、外装を開けずにそのまま飾るための保存用。 僕は根っからのクイーンオタクだと自負しているけれど、そういうCDの集め方は理解出来ない方だった。 少し方向が違うようではあるが、合川さんも相当のクイーンオタクだ。 「ねぇ、朝妻君はどのアルバムが好き?クラスでクイーンの話がわかる子なんていないじゃん。こんな近くにクイーンファンがいるなんて嬉しい。話そうよ」 合川さんは早口で話し始める。 彼女が質問してきたのに、僕の答えを待ってはくれなかった。 「私はやっぱり『オペラ座の夜』が好き。『ボヘミアン・ラプソディ』が一番好きな曲だから。でも『ボラプ』が好きって言うとニワカっぽく思われそうだから、ファンと話すときは二番目に好きな『マーチ・オブ・ザ・ブラック・クイーン』が好きって答えてるの。あと『ライアー』かな。曲調がどんどん変わっていく曲が好きなの。それで言うと『イニュエンドウ』も好きなほうだけど、やっぱり初期の曲のほうが好きだなぁ。朝妻君は?」 合川さんは一息で話し切った。 それに圧倒されて、僕は自分に話が振られていることに気付けていなかった。 「朝妻君の好きな曲は?」 もう一度、押し込まれるように合川さんが尋ねてくる。 「す、好きな曲?ああ、えっと……」 あれ、好きなアルバムの話じゃなかったっけ?と内心思いながら僕は口を開いた。 「僕も一番は『ボヘミアン・ラプソディ』だよ」 「……一応聞くけど、朝妻君ニワカファンじゃ無いよね?」 合川さんが眉を顰める。 「年齢イコール、ファン歴くらいあるよ」 そう言うと、合川さんはパッと表情を明るくさせた。 「良かった!私もだよ。親の影響で小さい頃からずっと聴いてた!親は『世界に捧ぐ』以降の曲の方が好きなんだけど、いつの間にか私は初期が好きになってたなぁ」 なんだか、苦手なジェットコースターに無理矢理乗せられた気分だ。 合川さんがこんなにお喋りで、表情豊かな子だとは全く思っていなかった。 まずはそのギャップに、僕の世界は着いて来れていなかった。 「朝妻君、これからも話そうよ。部活入ってなかったよね?放課後時間あるでしょ?私の家でクイーン会しよう。はい、決定!じゃあ明日からね」 合川さんはアルバムを抱き締めて、僕を残しレジへと向かった。 清楚系ギャルの家に誘われて、普通なら嬉しいはずだ。 でも、すでに僕は合川さんのスピードに酔ってしまった。 ジェットコースターと言うより、コーヒーカップだ。 一緒に乗る合川さんは、僕の事なんか考えずに、一人でハンドルをぐるぐる回す。 ──まるで地滑りに飲み込まれたように、この現実から逃れることが出来ない。 大好きなボヘミアン・ラプソディの一節が、頭の中に浮かんだ。 脳内のフレディが悪戯っぽく僕に微笑んだ。

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