「やめとけ、やめとけ」 「はあ? あんた他人事だからってね。やめられるわけないじゃん」 「そんなシケた面してたらうまくいくもんもいかないっしょ」 「じゃあ、どうしたらいいの……そんな偉そうに言うなら教えてよ」 自分の弱さが嫌になる。悔しいのと酔いと、全部が混ざっているのだということは自覚していた。 「ったく、これだからガリ勉は困るわー。最初っから誰かに教えてもらえるなら、だあれも苦労なんかしない。誰かが教えてくれた答えでそれっぽいのがあったとしても、そんなもん、タカメ自身にはなんの価値もないっしょ。誰かに聞いた答えの通りにするんじゃなくて、自分で決めてみ。自分で決めたんだったら、もう、どんなになっても文句言わずにやる。やり通せ」 「お待たせしました」 アツアツのはさみレンコン揚げが運ばれてくる。皿に少量盛られた塩にちょんちょんとつけながらナルセが続ける。 「はさみレンコン揚げもな、まずくたって自分で選んだなら文句言わずに食べる。自分で決めたんだから」 一口に食べると「おっと、これはうまい。大正解じゃん、俺」と一人満足げだ。 まったくその通りだ。悔しいけど、その通りなのだ。 「ってか、俺今すごいかっこいいこと言ったな。学校の先生みたいだったっしょ」 「うるさいなあ。あんたにお説教されたくないし」 「俺も偉くなったなあ。あのガリ勉のタカメに人生諭してんの」 ナルセは豪快にケラッケラ笑う。手元のビールジョッキはもう空になっていた。 「でもタカメ、グッドニュース」 「はぁ?」 「お前にぴったりの仕事がある。内定おめでとう」 さっき追加したばかりのビールのグラスが、私の手元でもう汗をかいている。 ナルセは、スマホを取り出し見たことのないアプリを開く。 「アプリ作ったんだけど。試してみない?」 ポップなオレンジ色の時計のイラストが表示される。ナルセが友人と開発したアプリらしい。アプリを通して暇な時間を持て余す登録者「暇人」が、マッチした時間で「依頼人」の指定した内容を代行し、報酬を受け取ることができる仕組みだという。 「つまり、忙しくて時間のない『依頼人』と時間だけは死ぬほどある『暇人』のマッチングサービスアプリ。みんな言うっしょ、お金はあるのに使う時間がないって」 依頼人はアプリを使い、代行を依頼したい時間帯を選択する。該当時間が空いていて代行場所の目的地に現在地が近い暇人たちに優先的にアプリで通知がいく仕組み。通知を受け取った暇人側は代行候補リストで依頼内容を確認し、依頼を受ける場合は代行ボタンをタップする。早い者勝ちになるので、他の誰かが依頼を受けると、通知の届いていた他の暇人の候補リストに該当の依頼は表示されなくなる。 支払いはアプリを介して行うので、依頼人も暇人もお互いの個人情報はアプリからは見えない仕組みだ。ユーザーが公開していれば、性別や年代のみは見える。 代行内容の種類は様々で、病院の順番待ち、花火の場所取り、人気ラーメン店の列に並ぶ、犬の散歩、話し相手になる、SNSにアップする写真を撮ってくる、飲み会の幹事代理など。どれも特別なスキルを必要としないものばかり。いわばなんでも屋みたいな位置づけだ。 基本料金は三十分千円から、つまり一時間あたり二千円。お金はあるけどとにかく忙しい人や事情がある人が使うためのサービスで、暇な人は暇していればいるほど稼げるというわけだ。誰でもできるレベルの仕事内容ばかりだが、一応、暇人に対しての評価機能があり、今までに対応した依頼のカテゴリ履歴とその評価が依頼人には見える仕組みになっている。評価が上がっていくと、マッチングもされやすくなるし、逆に依頼人が評価の高い暇人を検索して、代行をお願いすることもできる。 現在は試験運用中。限定されたユーザーのみが参加できる期間で、まずはアプリを試験的に使ってもらい、暇人と依頼人双方の利用状況を見てフィードバックをもらいながら機能改善をはかる。夏頃に正式リリースを目指しているという。 「なんかこう、隙間時間にスキルを共有するとか、前向きなものじゃないの?」 「いや、とにかく暇であることだけが、稼ぐ方法」 ナルセは得意そうにニヤリとする。 「何それ……」 「東京ってさ、具合悪くても病院行く時間もないくらいの、忙しい人たちの集まりじゃん。だから、お前みたいな暇人を探してた」 私はカチンときた。 「なんで暇人って決めつけんのよ」 「どうせ暇っしょ。暇人オブ暇人。まあ、こうやって運命的に再会できたわけだし、出席番号の前後のよしみで、ねえ、タカメさん」 ナルセがわざとらしくにんまりと微笑み、 「先月から始めて、一緒に始めたやつと自分ら二人で、ある程度依頼の仕事も回してたんだけど、もーう手が足りないから『暇人』専任の採用が決まってよかったわー、ウェルカム、タカメ」と続ける。 「まだやるなんて一言も言ってない。勝手に決めないでよ。それに暇じゃないし。学生じゃないんだから、どんどん空白の時間が増えてくんだよ。そこ埋めるために何かしらの資格取得とか、経験積めることしなきゃいけないの。くだらないアプリの仕事なんかに付き合ってる暇ない」
コメントはまだありません