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「チーズレタスバーガー入りました。マスタードとレタス取って」  体育会系の店長の少ししゃがれたハスキーボイスは今でも耳に残っているし、マスタードとケチャップを間違えて渡したときの、あの呆れ顔も鮮明に覚えている。  どんなに頑張っても結果が出ず、先の見えない就活のことで頭がいっぱいで思考がうまく働かなくてなっていたのは事実。シフトの時間を間違えたり、オーダーの聞き間違いや、些細なミスを繰り返したり……。同じ系列の店舗でバイト経験の長い同い年くらいの女性が、他店舗の閉店を機にこちらへ移ってくると、入れ替わるように「来週から来なくていいから」と、三月末、ついにクビを言い渡された。  そうして四月を迎え、無職の私は今こうして偶然再会したナルセと向かい合い、焼き鳥を頬張っている。あれ、そういえばお札持ってたっけ……もう入らないバイト代のことを思い出し、急に不安になって財布を探るが、ふと顔を上げたところでナルセの意地悪い視線を感じ、咳払いをして取り繕う。 「つまりタカメは今、無職ってことか」  はっはー、と軽く笑うナルセに、 「人のこと馬鹿にして……そういうナルセこそ、どこに就職したの?」  私は右手に持ったグラスをテーブルに勢いよく置くと睨みつける。 「就職? そんなもん、してない」  論外だわ、と呆れて顔を背け、追加のビールを頼もうと「すいませーん」と間延びした声を出す。  斜め前の席の、新入社員らしい真新しいスーツに身を包んだ男女四人が目に入る。 「じゃあ、一週間研修お疲れ様。乾杯!」  きゃっきゃ言いながらお酒を飲んでいる。打ち上げか何かだろう。もしうまくいっていたら、自分も今頃、あそこの席にいたのかもしれない――私はぎゅっと、膝に置いた拳を握り締める。 「で、タカメは何学部だったんだっけ」  本当に興味があるのかは疑わしいが、一応ナルセの問いに答える。 「商学部。あと、語学はフランス語選択で……」 「へ、フランス語。かっこいいじゃん、タカメ」  馬鹿にされているのか、何なのか。ナルセの口調にいらっとしている私にお構いなしに続けてくる。 「就活はどういうとこ受けてたの?」 「どういうとこって、やっぱり一応名前がよく知られてる会社かな……親を安心させなきゃってのもあったし」 「ほう」 「身近でワクワクするものがいいなって、食品メーカーとか受けてた」 「ふーん」 「私だけ、私だけダメだった……」  お酒が入ってつい就活に失敗したことを話してしまっていた。でも今日くらいいいじゃないか。一人で家に帰ってベッドに倒れ込み、やりきれずに枕に顔を押し込んで泣くより、今の私をあんまり知らないはずの、目の前のこの男に話した方が楽になれるかもしれない。今更カッコつける必要もない。  ナルセは体を反ると、右手に持ったビールジョッキを指して「同じの、もう一つ」と注文してから、こちらに向き直ると、 「お、本日のおすすめ。見逃してた、あぶな。どれがいい?」  私の話を真剣に聞いていたのかいなかったのか、手書き風のカラフルなメニュー表を顔の横にピタッとつけて訊いてくる。つくねの塩だれ、はさみレンコン揚げ、かつおのタタキにしめ鯖……。 「なんでもいいよ。ナルセが好きなもので」 「タカメは何がいいか訊いてんだけど」 「だから、私はナルセが好きなもので……どれが美味しいかわからないし」 「なんでそう他 人任せなの」 「他人任せって、メニュー選びくらいでそう大げさな……」 「大げさじゃない。そうやって、なんでもいいっていうのは、自分で決めんのが怖いからっしょ。責任持ちたくないからとか。もしまずかったら選んだ俺のせいにすればいいもんなあ」 「さっきから何言って……」  そこまで言って口をつぐむ。他人任せ――癖みたいになっていた。見破られていたかもしれない、ナルセには。さっきあの屋上で、落ちてもいい、それも神様が決めたことなのであればと、一瞬でも思ったこと――生きるのも死ぬのだってすら、私はあのとき、自分ではない「誰か」任せだった。 「はさみレンコン揚げ」  低い声で不機嫌気味にぼそっとそう答えると、 「おっ、気ぃ合うじゃん。中身は明太子かな。おっしゃー」  ナルセはニカッと笑いオーダーする。 「んで、無職のタカメさんはこれからどうするの?」 「どうするって……とりあえず、また面接受けられるとこ探さないと」  もう、次年度の就活が始まりかけている。一年間就活をやってきた自分よりも、一年下の後輩たちの方が準備万端に見える。情けなくて不甲斐ないのに、今の私は誰かに精一杯慰めて欲しいわけでも、建設的なアドバイスが欲しい気分でもなかった。  どうするのが最善なのか、今はもうそれがわからない。卒業してしまったので新卒応募の企業は受けられないし、既卒採用を探そうにも社会人経験があるわけではないので誇れるスキルもない。できることからやってみる、諦めてはいけない、それはわかっている。でも、もう学生でもないのに時間だけが過ぎていき、履歴書に空白の期間が刻まれていくのを想像しただけで吐きそうになる。

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