100回継ぐこと
[072:Greenman]
巽壮太さま この手紙を速達の書留で送ったのは、巽くんが次の手紙を書く前に必ず読んで欲しかったから。これだと寒中見舞いやピザのチラシに埋もれてしまわないでしょ。 脚本を一緒に書くという巽くんの提案、実は今更ながら引き受けたことを後悔しているの。 何万部も刷られる雑誌の連載を持つ巽くんと、脚本コンクールの最終選考にすら残れない私。自分が顧問である演劇部の生徒にさえ「脚本に深みがない」と駄目出しされる始末。そんな二人が同じ物語を書くことができるのかなって。 今の巽くんは大海原を進む「週刊ナイト」という船の乗組員。そして私は「広い海を前に怯えている子供」のまま。私が乗るのは思い出の「島」に寄り添う砂上の小舟。 巽くんは次々に面白いものを見ることができるはず。でも私は水平線の向こうが見えない。面白さを探しに行きたいけど未知のものに出会う恐怖の方が勝ってしまう。その恐怖を乗り越えた時にこそ、本当の面白さが生まれるかもしれないのにね。 小惑星探査機の視点で見れば明確に地球は丸い。未知の領域でも恐れず真っすぐに進めば、成長してまた同じところに戻ることができる。正のループ。 ごめんね。前置きが長くなっちゃった。決して脚本の話を断りたいわけじゃないの。私たち自身のことをテーマにしようって言ってくれたよね。だったら私たちはすでに、手紙という形でお互いのことを沢山の言葉で書いているでしょ。 新しい脚本を書き始めるのではなく、これまでの手紙をお互いのセリフとして、ひとつの脚本にしてみない? 手紙のやり取りだけで進んでゆく二人芝居。すでに私たちが共有している物語。 どう思う? 巽先生。 平成三十一年 一月十日 金澤奈海
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