100回継ぐこと
[092:夏木 蒼]

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前略  ナミ先輩。お元気でしょうか?  僕は元気です。体の方は、ですが。  もうご存知かもしれませんが、「鎌倉奇聞」は長期休載することになりました。他ならぬ僕のせいです。  何を描いても、線に迷いが出る。中山は様々なストーリー展開を考え提示してくれるのに、僕にはどの分岐を選んでも先が見えないのです。中山にそう言うと、ただ一言「もう休め」と言われました。頭をガツンと殴られたぐらいショックだった。怒られた方がずっと、ずっと良かった。「お前なら描けるだろう」と言ってくれると、心のどこかで期待していたのかもしれません。  以前、先輩がファンレターに「巽先生の紡ぐ物語の登場人物のように、私も葛藤しながら前に進む人間でありたい」と書いてくださいましたね。とても嬉しかった。嬉しかったけれど、今はその言葉が酷く刺さります。  僕は、いつまでも過去に囚われ、先輩の背中を追い続けるちっぽけな人間です。葛藤するばかりで前になんか進めやしない。  僕は、描くのをやめようかと思っています。  連載はどうするんだ、とかたくさん懸念はありますが、このまま続けていても不毛な気がするのです。  ナミ先輩。僕からの、最後のお願いがあります。  最後に一度だけ、あの「島」で会いませんか。いや、どうか会ってください。 「この負のループを終わらせないと」です。  僕たちはずっと、ループの中にいます。それはきっと、昔は「負のループ」なんかじゃなかった。2人とも希望に満ちていた。いつからか僕たちの関係は、お互いを雁字搦めにする鎖のように、過去に縛り付けられて、前に進めなくなった。  この負のループを終わらせられるのは、僕と先輩しかいないんです。どちらか1人がぽんっと抜けられるものでもない。「書けない理由」を共有する僕ら2人が会わないと、きっと意味がないと思うのです。  ナミ先輩。僕らのループの原点を、確かめに行きましょう。そして、2人でこの負のループを終わらせましょう。  三月十一日。僕らのあの「島」で待っています。 草々 追伸 前の手紙で「ナミ」の筆跡が好きだと書かれていたので、今回は昔のようにカタカナにしてみました。 なんだか懐かしいですね。あの頃に戻りたいです。

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