100回継ぐこと
[086:岾本]

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巽くんへ 映像化のお話、おめでとう。 巽くんは私より何歩も先にいるんだね。どんどん遠くにいくのは君の方。地球の反対側に居るみたいに、もう君の背中も見えない。 Zoom飲みは落ちついてからでいいかな? 色々と整理しなくちゃいけない事が起きて、毎日がてんてこ舞いになってるの。 実は、渋沢さんのイギリス出張が決まりました。渋沢さんね、大学に勤めてて、これまでも一年の半分は向こうで生活してたんだ。君が心配すると思って言ってはいなかったけど。 会えないのは辛かった。だから今回、渋沢さんは私と一緒に居られるように出張の要請を辞退してくれたんだ。海外出張を希望していた後輩君を、推薦する形で。そして、私にプロポーズしてくれた。 結局、後輩君はその推薦を辞退した。コロナのせいだと思う。確かに、こんなご時世に海外に自分から行きたがる人なんていないと思う。結局、渋沢さんが呼ばれる事になってしまった。 渋沢さんね、大学時代からイギリス文学の研究しているんだ。しかも出張予定先のバーミンガムは、シェイクスピアの生まれ故郷のすぐ近くにあるの。休暇になると渋沢さんはその町に行って、蜂蜜色の家々や教会、町に残る大劇作家の足跡を見ては、ルネサンス期の栄華に想いを馳せていたんだって。 渋沢さんとは、私が大学の頃の演劇を見に来てくれたことをきっかけに知り合って、そのあと彼が先生の講座を受けに行き、仲良くなりました。 渋沢さんは言うの。シェイクスピアの生まれ故郷で脚本の勉強ができたら、どんなに素晴らしい事だろうって。私もそう思う。シェイクスピアと同じ空気を吸い、同じ景色を見ながら勉強ができたら、どんなに素敵な事だろうって。 だから決めた。渋沢さんについて行くと。だって私は教師になる夢は叶えたけど、脚本家になる夢はまだ叶えていないから。 巽くん。それでも文通を続けてくれますか? 私たちの関係は、海を越えられるかな。 令和二年八月十日 金澤奈海

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