100回継ぐこと
[088:塚田浩司]

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巽くん  君から手紙をもらって1週間が経ちました。今まで何十通も手紙をもらったけど1番読み返した手紙かもしれません。  前回の私の手紙で、私たちの関係は、海を越えられるかな。と書きました。君のことだから、「越えられる」とはっきり応えてくれると信じていました。だからまさか、越えられそうにないなんて、返事が来るとは思いもしませんでした。    前から薄々感じていたことだけど、私にとって巽くんは家族みたいな存在です。どんなに離れていても私のことを想ってくれる。もちろん私も君のことを想っている。  あの時はわからなかったけど、今思えば君との恋人関係を解消出来たのも、君とだったら恋人という呼び名がなくなってもずっと繋がっていられると思ったからなのかもしれません。  何故だか別れて、より心の距離が近づいたような、不思議な感覚もあります。  どんなことがあっても君だけは私から離れることはない。その安心感があったから、私はここまで生きてこられました。  昔の私は、たった一歳年上なだけなのに、君に対して随分と大人ぶったりカッコつけたりしていたと思います。お姉さんぶるのも気分が良かったし、カッコいい先輩だと思われたかったのかもしれません。それなのに、今の私は、巽くんにだったらどんなに無様な姿でも見せられる気がします。  だから、無様ついで言うけど、今の私は君を失いかけて、どん底な状況です。それは君の手紙が原因なのか、脚本のことなのか、マリッジブルーなのか、日本を離れる不安なのか、自分でもわかりません。  こんなこと言うと君が心配してくれることもわかっています。君に心配してもらいたい自分もいます。最低だよね。筆を進めながら自分が嫌になります。それでも書かずにはいられません。    巽くん、私は九月四日の金曜日に日本を発ちます。渡英するまでに一度会えませんか? 返信は要りません。今は手紙越しではなく、直接君に触れたいです。   令和二年 八月二十六日  金澤奈海

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