100回継ぐこと
[062:こな雪]

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前略  漫画の連載が決まりました。  ちょうど「はやぶさ2」が目的地リュウグウに到達した、というニュースを耳にした日に。少しでも早くこのことを伝えたくて、返事がないのにまた手紙を書きます。  週刊連載は思っていたよりも過酷で、僕は毎日ウンウン唸りながら、時に一人叫びながらスケッチブックに向かっています。  中山はそんな僕に 「お前はやれば出来る! 最後は根性!」と、さながら少年漫画の主人公のようなセリフを浴びせてきます。  あながち間違っていないところが悔しいです。  先輩にもし今会うことがあったら、前みたいに「痩せすぎ」って怒られるかもしれません。  先輩、お元気ですか?  書くことに行き詰まった時、先輩からの手紙を読み返しています。 いつでも真っ直ぐな、演劇への愛情。 僕への励ましや喝、ちょっとしたイタズラ。  読むたび懐かしく、心の奥がじんわりするような気持ちと、もう二度とあの頃には戻れないんだな、という寂しさを感じます。 僕は未だにロマンチストのままみたいです。 責任とってください。  奈海先輩。  先輩は「書くことが怖い」と書いていたけど、それは表現者としてとても美しいことだと思う。 自分の中から物語を生み出すことは怖いです。 キラキラした感情や思い出だけじゃない。 ドロドロとした、黒くて醜い「何か」とも、向き合わないといけないから。 物語を描き始めて、僕もその苦しさを実感しています。 そして、その苦しさを超える楽しさも。  夜の海は暗くて何も見えないけど、それでも見ようとすることから「怖い」という感情は生まれる。 その勇気を、美しいと僕は思います。  手の届かない存在だった先輩が、今は広い海を前に怯えている小さな少女に思える。なんて言ったら怒るでしょうか。

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